『佐野碩 人と仕事 1905―1966』 菅孝行編

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佐野碩 人と仕事

『佐野碩 人と仕事』

著者
菅 孝行 [編集]/佐野 碩 [著]
出版社
藤原書店
ジャンル
芸術・生活/演劇・映画
ISBN
9784865780550
発売日
2015/12/22
価格
10,260円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『佐野碩 人と仕事 1905―1966』 菅孝行編

[レビュアー] 松山巖(評論家・作家)

己の意志で拓いた道

 佐野碩(せき)という男は破天荒な人生を送ったかに見える。父方は代々医師の家系で父は病院長、叔父の佐野学は戦前の日本共産党の指導者で、母方の祖父は関東大震災後、帝都復興院総裁を務めた後藤新平。つまり鶴見和子・俊輔の従兄弟(いとこ)だ。しかし彼の本質は素性よりも、メキシコで〈メキシコ演劇の父〉と呼ばれるまで生き、日本に帰らなかった人生の軌跡にこそある。

 本書は彼の生誕百十年、没後五十年を記念して編まれた八百ページに近い大作。日本、ソ連、アメリカ、メキシコなどでの活動を各国の研究者や弟子たちが記し、後半は彼自身が書いた文などを収録し、多角的に彼を浮き彫りにする。

 佐野は元々中学高校時代から演劇好きだったが、関東大震災後、一気に押し寄せたプロレタリア演劇の波、特にロシアのメイエルホリドの演劇論に魅せられ、実践して行くが、治安維持法などで弾圧が厳しくなり、彼はまずアメリカへ脱出し、フランスを経てソ連に向かう。

 本書の特色はこれまでさほど明らかにされていなかった彼のソ連、アメリカ、そしてメキシコでの活動内容を明らかにした点にある。

 メイエルホリド自身に直接、演出と実験を学ぶが、スターリンの独裁下、プロパガンダ色が強まり、彼はフランスやスペインなどを転々としながらメキシコに入り、自分の演劇論を実践してゆく。それはメキシコでの俳優の教育に明らかだ。体の訓練は徹底して基本重視だが、役作りは教えず、俳優自身に考えさせる。

 彼は演劇自体を演出家だけが創造するものではなく、俳優や観客も考え、想像し、作りあげる場だと思っていたのだ。だからプロパガンダ色の強い作品ではなく、どの国の人々も理解でき、共感できるスタインベックやアーサー・ミラーといったアメリカ人の戯曲を演出した。

 どの執筆者も視点の違いはあれ、結局、彼は破天荒でもなく、自分の意志で自分を裏切らず、自分の進む途(みち)を切り拓(ひら)いたと指摘している。

 ◇かん・たかゆき=1939年生まれ。梅光学院大特任教授。専門は演劇論、思想・思想史。

 藤原書店 9500円

読売新聞
2016年3月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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