「文句なしに面白い」! 全米図書賞作家の凄み

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「文句なしに面白い」! 全米図書賞作家の凄み

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 名前に文豪が二人も入っているせいか、ジョイス・キャロル・オーツという作家には、どうも正体がつかみにくい印象をもっていた。

 半世紀にもわたってコンスタントに多作を続けるおそるべき筆力の持ち主で、四つの中篇を収めたこの小説集では、十代二十代のみずみずしい語りを披露している。メタリカの「死ね!死ね!マイ・ダーリン」の歌詞がこんなにハマる小説を書いているのが今年七十八歳になる女性作家だなんて。もしかして不老不死なのか?

 死と暴力に彩られた四篇はどれも文句なしに面白い。不穏な気配で読者を脅かしておいて想像をはるかに超えた展開で震え上がらせる。そのくせ緊張がゆるんだ瞬間、怖さを突き抜けてふっと笑いがこみ上げてきたりする。この自在さはすごい。

「それは最初の妻のものだよ、と彼が言う」。表題作の冒頭、この短い一行で、主人公である四番目の妻が幸福ではないとわかってしまう。「それ」とは邪眼よけのお守り。妻の揺れる心に頓着せず、夫はその持ち主である「最初の妻」の訪問を予告する。そうしてやってきた「最初の妻」には片目がない! なのに夫はそのことに一切触れない。

 次の「すぐそばに いつでも いつまでも」でも、初恋を回想する語り手の声には後悔がまじる。何かよくないことが起きた。わかっているのに、身構えるこちらの守りをやすやすとかわして、強烈なパンチが飛んでくる。まさか、そんな角度から打たれるとは思わなかった。

 小説にも出てくるエドワード・ホッパーの絵の中の人のように、登場人物たちは「ほかの誰かといっしょにいながら、ほんとうの意味では少しもいっしょではない」。同じ空間にいても見ているのは違う景色で、相手の領域を侵して怖がらせていることに気づかない。

 血や暴力より恐ろしいのは人の心だ。「うまくいかない愛」は、その愚かさも愛おしさも映し出す。

新潮社 週刊新潮
2016年3月31日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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