悲劇的なニュアンスを孕んで母と子を巻き込む時代ミステリー

レビュー

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風待心中

『風待心中』

著者
山口, 恵以子, 1958-
出版社
PHP研究所
ISBN
9784569827810
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

悲劇的なニュアンスを孕んで母と子を巻き込む時代ミステリー

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 針仕事で生計を立てている後家おせいの生き甲斐は、正に鳶が鷹を生んだような息子の真吉だ。

 幼い頃から頭脳明晰で、今では江戸随一といわれる蘭方医・西本芳齋の愛弟子で、長崎留学も決定している。加えてとびきりの美男子で、言い寄る女も数知れず─―。だが芳齋の娘・多代との婚約も決まっており、彼にことあるごとに難癖をつけてくる出来の悪い旗本の息子たちのいじめにもくじけない。

 と、これだけならば普通の出世物語だが、そこは小説巧者の山口恵以子のこと。まず、題名が『風待心中』という悲劇的なニュアンスであること。

 さらに、開巻四十一ページ目にして伊勢町堀に無残に陵辱された幼女の死体があがるところから、作品がミステリーでもあることが明らかになってくる。

 作中、この第一の殺人の下手人は、意外に早く目星がつくのだが、次は女郎らが殺され、さらにはまた少女殺しも復活する。ミステリーファンも、これは一人の下手人の仕業ではないぞ、と当たりをつけるが、さてその先は?

 一方、おせいに再婚話が持ち上ったあたりから、これまで自分を女手一つで育ててくれた母への、真吉の複雑な内面が吐露されていく。

 このように作品は次から次へと見せ場をつくり、読者を煙に巻くが、さらにさらに、真吉を嬲(なぶ)り者にしていた旗本の息子の一人が殺されてしまう。無実を訴える真吉の声をよそに、彼は牢につながれる身に。ここから、おせいや、真吉を信じる人たちの活躍がはじまるのだが、はたして、『風待心中』という不吉な題名の下、それは実を結ぶことができるのだろうか。

 読了した後、はじめの方のページをパラパラと繰っていると、何気ない会話の中に、既に伏線が張られていて、ラストにはお待ちかねのどんでん返しも。母ものとしても時代ミステリーとしても楽しめる一巻だ。

新潮社 週刊新潮
2016年3月31日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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