『帝国日本の交通網』
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膨大な資料が明かす「ユートピア」の交通網
[レビュアー] 西田藍(アイドル/ライター)
戦後、ええと、何年だったかな、と思うくらい遠い昔の遠い話。存命の祖父母が米国人なこともあって、私にとって戦争の話といえば冷戦だ。受けてきた平和教育も銃後の悲劇ばかり。さて、帝国日本とはなんぞや、と問われても、遠い昔の遠いお上が、なんか気張ってたんでしょ?で思考が止まっているのだ。大東亜共栄圏、という言葉も理想も建前も本音も、なんとなく学んだが、てくてく兵隊さんが歩いて行って、どどんっと戦って、どどんっと領地にする、そんなポンチ絵が浮かぶのみ。
我が故郷、熊本にも新幹線が通った。飛行機も鉄道も、生まれた時から普通にあって、当たり前のように交通インフラを享受していた。作り上げ維持する労力のことなんて、考えたこともなかった。それが、ここまで重要なものだったとは。
大日本帝国の鉄道、空路、航路の発展。中国や朝鮮、歴史ある文明国を侵略する過程。いかに大陸に踏み込み、日本の支配を強めていったか。そして失敗していったか。大東亜共栄圏の内実を、交通インフラから示しているのがこの本である。
第二章の日本内地の民間航空路整備史には胸が詰まる。懸賞金付きの郵便飛行競技が始まってから、定期郵便飛行が成功するまでの道程がドラマチックだ。夜間飛行挑戦のくだりは、サン=テグジュペリ『夜間飛行』を想起させる(しかし、当時のフランスと日本では、パイロットの環境も保安設備も機体の質も雲泥の差であるのが、物哀しい)。
日本の植民地支配は、都市と交通網、「点と線」のみであったと言うが、その線すらあまりに細く、脆かった。歴史の教科書で見た、日本の最大勢力圏が描かれている地図からは思いもよらぬ貧弱さ。
富国への道、技術の発展。ひとつひとつは尊く思うのだ。遠くへ。空へ。海へ。その結果がこれだったのか、と、虚しさが残る。遠い未来に住む私は、ただ、消えていった命に、積み重なる骸に、思いを馳せるのだ。