才気煥発の作家が遺した人生の真実を語る作品群

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  • あまたの星、宝冠のごとく
  • 故郷から10000光年
  • 愛はさだめ、さだめは死
  • スキャナーに生きがいはない

書籍情報:openBD

才気煥発の作家が遺した人生の真実を語る作品群

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア。1968年に覆面作家としてデビューするや、数々のSF賞を受賞して脚光を浴びた。9年後、その正体が1915年生まれの女性で、心理学の博士号を持つ元CIA職員だと判明したときは、SF界に激震が走った。そして1987年、71歳の彼女は、痴呆症で寝たきりだった84歳の夫を射殺したのち、拳銃自殺を遂げた。本書『あまたの星、宝冠のごとく』は、その壮絶すぎる死の翌年に出た短篇集。晩年の作を中心に全10編を収める。

 ほとばしる才気と恐るべき超絶技巧に彩られた初期のSF群(『故郷から一〇〇〇〇光年』『愛はさだめ、さだめは死』などに収められている)とは対照的に、ここでは、人生の真実を寓話的に語るような作品が中心となっている。

 神が死んだというので天国に弔問に赴いたサタンが経営指南を行う「悪魔、天国へいく」など、愉快な話もあるが、とりわけ印象深いのは、大学生が55年後の自分と入れ替わるかたちで体ごと未来へ行く「もどれ、過去へもどれ」。クラスの女王で、輝かしい将来が待っているはずだったダイアンは、残酷な真実に直面して衝撃を受ける。未来の自分が残した手紙によれば、そんな彼女を救ってくれたのは、ニキビ面の冴えない同級生ドンだったというが……。ふだんSFを読まない人も試してほしい1冊。

 そのティプトリーより早く、50年代から60年代にかけて、やはり正体を隠して活躍した伝説的な作家にコードウェイナー・スミスがいる。その正体は、アジア政策を専門とする大学教授、ポール・ラインバーガー。父が孫文の法律顧問だったため少年時代を中国で過ごし、孫文から林白楽という中国名をつけてもらっている。彼が創造した未来史は、きらびやかなイメージと個性的な文体で日本の小説やアニメにも絶大な影響を与えた。その全短篇を、新訳・初訳をまじえて網羅する《人類補完機構全短篇》全3巻の刊行がスタートし、1巻目の『スキャナーに生きがいはない』(ハヤカワ文庫SF)が出た。未読の方は、この機会にぜひ。

新潮社 週刊新潮
2016年3月31日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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