デザインの誤解 いま求められている「定番」をつくる仕組み [著]水野学、中川淳、鈴木啓太、米津雄介
[レビュアー] 楠木建(一橋大学教授)
良いものを作れば売れる時代は終わった。一方で、消費者にとって「本当に欲しいもの」がない。供給と需要の双方が抱えている限界を突破するカギはデザインにある。
ここまでは誰もが薄々感じている。しかし、現実にはデザインが小手先の「差別化」やパッと見の「装飾」「おしゃれ」にすり替わってしまう。本書はこの「デザインの誤解」を解き、実践的な解を示す。
著者たちが取り組んでいるのは、多くの人に本当にいいと思ってもらい、長く使われる「ど真ん中の商品」づくり。すなわち、「定番」である。定番商品においてこそ、デザインは真価を問われ、その本領を発揮する。
たとえば、著者たちがデザインした「THE醤油差し」。1961年に発売されたキッコーマンの卓上ボトルというデザインの名作を進化させたものだ。この商品の歴史や思想を徹底的に振り返り、「本当に良い、正しい醤油差し」を突き詰める。こうした実践の事例からデザインの本質を浮き彫りにする。
類書と比べて説得力と迫力が格段に違う。その理由は単純明快、デザインするだけでなく、著者たちがリスクをとって生産し、「THE SHOP」という店で売る「商売」をしているからだ。売ることに責任を持ったデザイン論になっている。
デザインとビジネスを論じる書として、本書はひとつの基準を画す。長く読み継がれるべき定番の一冊である。