『デイヴィッド・ヒューム 哲学から歴史へ』 ニコラス・フィリップソン著

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デイヴィッド・ヒューム

『デイヴィッド・ヒューム』

著者
ニコラス・フィリップソン [著]/永井 大輔 [訳]
出版社
白水社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784560084854
発売日
2016/01/27
価格
2,376円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『デイヴィッド・ヒューム 哲学から歴史へ』 ニコラス・フィリップソン著

[レビュアー] 納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

神学に代わる道徳基盤

 デイヴィッド・ヒュームと言えば18世紀スコットランドで活躍した有名な哲学者だが、その人がなぜ「歴史家」の叢書(そうしょ)に入っているのか、まず不思議に思うだろう。普遍的真理を追究する哲学と具体的事実を扱う歴史は相性が良くない。アリストテレスが『詩学』で歴史を低く評価して以来、そう理解されてきた。だが、それを越える視野が、忘れられた近代の名著から開かれる。

 ヒュームは、英米を中心とした現代哲学者たちへのアンケートで、歴史上もっとも影響力のある一人に数えられている。懐疑主義の立場から因果関係を心理的連想に過ぎないと論じ、キリスト教などの宗教を否定した変わり者は、時代を経てより重要な役割を担っている。

 そのヒュームが生涯をかけた主著が『イングランド史』という長大な歴史書だったことは、現代ではすっかり忘却されている。若き日の哲学書『人間本性論』が哲学史上の金字塔と見なされているのとは対照的である。だが、本人が意識し同時代人が見た彼の仕事は、哲学を歴史に応用することであった。スコットランド啓蒙(けいもう)思想の専門家フィリップソンは、その足跡を丹念に辿(たど)る。

 懐疑主義から人間の行動様式を冷静に見つめ、意見(オピーニオン)を基盤に政治が文明を変える様を描くヒュームには、2つの標的があった。過去を有利に解釈して利用する党派的な歴史家たち、および、教会などの宗教勢力である。新たなイギリス史は、神学に代わる道徳基盤を人々に提供する試みであった。

 歴史を公平に見る難しさとは同時代を公平に見据える難しさであるというヒュームの経験は、現代の私たちにも教訓を与える。19世紀ドイツが追究した科学的な歴史とは異なり、読者が考え洗練された判断を加える談話的な歴史書、それが彼の『イングランド史』であった。歴史を書くことで社会に働きかける哲学という課題を遂行したヒューム、その挑戦は今も新鮮である。永井大輔訳。

 ◇Nicholas Phillipson=エディンバラ大学名誉フェロー。著書に『アダム・スミスとその時代』。

 白水社 2200円

読売新聞
2016年3月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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