家族とはいったい何だろう

レビュー

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かなわない

『かなわない』

著者
植本 一子 [著]
出版社
タバブックス
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784907053123
発売日
2016/02/05
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

家族とはいったい何だろう

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 前著『働けECD』と、この本の表紙に描かれた、おいしそうなバタートーストの印象から、生活雑記的に、毎日の悲喜こもごもをつづったエッセイかと思って読み始めたところ、予想は裏切られ、とんでもない場所に連れて行かれた。

 著者は写真家。夫はこの本の中で「石田さん」と紹介されている、ラッパーのECDで、彼女は二人の子供を持つ若いお母さんでもある。本の大部分はブログで発表した日記で、娘たちはかわいいのに、イヤイヤ期特有のわがままに苛立ち、声を荒げ、そんな自分に自己嫌悪するくりかえしが、率直すぎて不安になるほどの率直さでつづられる。

 日記は二〇一一年四月から始まっている。三・一一の震災が起きた直後の不安な日々、何が安全で何が危険かもわからないまま、著者は食べ物の産地に神経を払い、バランスのとれた食事をつくり、娘を預ける保育園に、土壌調査をするかどうか尋ね、子連れでデモに参加する。

 好きなライブにも行きたい、人とも会いたい、写真家として仕事もどんどんしたいし自分ひとりの時間も持ちたい。やりたいことのすべてを子供のためにあきらめることはできず、よく泣き、時折、パニックになる。母親としての自分の適性を疑い、布団カバーの交換もできない夫に怒るが、二十歳以上年の離れた夫は妻のツイッターを読んでさりげなく気を配る。このあたりまでは、のびやかな文章を笑顔で読んでいられる。

 変化の兆しは二〇一三年ごろから。一月二十日、仕事用に大きめのリュックサックを新しく買い直した日、やや唐突な感じで、「私が背負っているもの、これから背負おうとしているものは、案外でかい」という文章が出てくる。

 この後への不安がかすかに予期される瞬間だ。きっと仕事と育児の両立への意気込みだろう、と知らぬ顔で読み進めると、日記はその数カ月後に中断される。しばらくして再開されるが、途中に挟まれたエッセイで、「石田さんに、二回も離婚を申し込み、そして断られている」ことが明かされる。

 母親になりきれていない自分のこと、その原因を自身の親子関係に探る作業のしんどさ。好きな人ができたこと、さらに好きな人とはすでに別れていて、別れた後の互いの苦しさも描かれる。

 読んでいるほうもどんどん苦しく、しんどくなっていく。それなのに読むのをやめられない。こんな正直さは苦手だと感じているのに、自分の内面を掘り下げていく彼女の真剣勝負から目を離せない。この先どうなるのか知りたい気持ちと、自分自身の中にあるおそろしいものから目をそらさない表現者としての視線のつよさ、そのくもりのなさに、ただただ圧倒されてしまう。

新潮社 新潮45
2016年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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