[本の森 SF・ファンタジー]吸血鬼 [著]佐藤亜紀/消滅世界 [著]村田沙耶香

レビュー

8
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吸血鬼

『吸血鬼』

著者
佐藤 亜紀 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062199186
発売日
2016/01/26
価格
1,998円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

消滅世界

『消滅世界』

著者
村田 沙耶香 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309024325
発売日
2015/12/16
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

[本の森 SF・ファンタジー]吸血鬼 [著]佐藤亜紀/消滅世界 [著]村田沙耶香

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 佐藤亜紀『吸血鬼』(講談社)は、ハロウィンの仮装でおなじみの黒マントをまとった紳士とは全く異なる吸血鬼を描いた小説だ。時は1840年代、オーストリア帝国の支配下にあったポーランド。忘れられた詩人クワルスキが田舎地主となって引きこもる貧しい村に、新しい役人ヘルマン・ゲスラーと、その妻エルザがやってくる。村の子供が変死した夜、エルザは〈ぶよぶよして、形がなくて、血塗(ちまみ)れの何か〉を目撃する。やがて第二、第三の死者が出て、ウピールと呼ばれる悪霊の仕業だという噂が広まっていく。

 まず、大げさに煽らないのに緊迫感のある怪異の描き方に引き込まれる。例えば、村へ到着する前に故障した馬車を降りたエルザが、何かがいる気配を察知する場面。枯れた草叢を葬式の鐘の音と共に風が通り抜けるだけだが背筋が冷えるのだ。ゲスラーが宿屋で昔の友人に似た声の青年と扉越しに話すくだりも、和やかでありながら不穏な空気が漂う。近隣の村が変死事件によってパニックを起こした民衆に焼かれたという前例があるため、ゲスラーはあえて迷信を利用するが、大切なものを失ってしまう。一方、クワルスキは密かに夢見ていたことを実行に移すが……。

 239ページで村人が語る吸血鬼の正体に圧倒された。夕べの風景から始まり、日暮れの薄闇で幕を下ろす構成も美しい。

 村田沙耶香『消滅世界』(河出書房新社)の舞台は、第二次世界大戦後、人工授精の研究が極端に進んだもうひとつの日本。交尾と繁殖が完全に切り離され、結婚しても他に恋人を作ることは自然だが、夫婦間のセックスは近親相姦と見なされる。主人公の雨音(あまね)は両親の性行為によって生まれた。〈いつか好きな人と愛し合って、結婚して、子供を産むのよ。お父さんとお母さんみたいに〉と母に言い聞かされて育つが、自分の出生の経緯を不気味に感じ、物語の中に住む少年に恋をする。

 相手はアニメに出てくるラピスという男の子だ。肉体がないから触れることはできないけれど、雨音は独自の方法でラピスと繋がる。彼の声を聞きながら布団にもぐり、タオルケットに脚を絡めて身体の中で疼く臓器を揺さぶるくだりは、後に体験する人間との性交よりもずっと生々しい。喜びも痛みも二次元の恋人のほうが与えてくれるのに、彼女はヒトの恋人ともセックスせずにはいられない。「自分の発情の形」が正常かどうか確かめたいから。

 恋愛、セックス、家族など、あらゆる人間の営みにおいて定形が失われてしまった世界で、正しい形を求めて雨音は彷徨する。やがて彼女がたどりつく「楽園」の光景に戦慄した。一人ひとりの形がなくなって〈この世界の形の「ヒト」〉になる。恐ろしいディストピアに魅入られてしまう。

新潮社 小説新潮
2016年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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