『黒猫・モルグ街の殺人事件 他五篇』
- 著者
- ポオ,E.A.(エドガー・アラン) [著]/中野 好夫 [訳]
- 出版社
- 岩波書店
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784003230619
- 発売日
- 1978/12/18
- 価格
- 924円(税込)
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【教養人のための『未読の名作』一読ガイド】黒猫モルグ街の殺人事件 他五篇 [著]ポオ[訳]中野好夫
[レビュアー] 渡部昇一(上智大学名誉教授)
昭和の一桁世代、少年たちに圧倒的人気のあったのは『怪人二十面相』とか『少年探偵団』であった。その作家の名前は江戸川乱歩である。子供の頃、「乱」の字を名前につけるとはどうしたことだろうと不思議に思ったものである。中学に入ったら、兄のいる同級生が「それはエドガー・アラン・ポオというアメリカの探偵小説家の名前を漢字にしただけだよ」と教えてくれた。
大学ではポオの詩を暗記させられたし、彼の詩論が卓抜なものであることを教えられたが、江戸川乱歩の名前になるきっかけとなった短篇小説は教室で読まされることはなかった。おそらく面白すぎるという理由か、通俗的という理由からだったのではないか。確かに「黒猫」は人殺しや猫殺しのからんだ怪談まがいの話だ。英語の質としては上等でも教室向きではないと教授たちは考えられたのではなかろうか。
ポオの「盗まれた手紙」はいわゆる「デュパンもの」と言われている探偵小説シリーズの一つであり、これらが江戸川乱歩に「推理」の面白さを教えたのではなかろうか。また乱歩の大人向きの作品に現われる一寸不気味な要素は「黒猫」などからの影響ではあるまいか。確かに日本の探偵小説は乱歩から始ったようなものであるし、その推理の仕方、雰囲気の作り方はポオを想起させる。
そのポオであるが、間違いなく天才としか言いようがない。アイルランド系の父親のようにアル中であり、放浪の人生である。父の系統のケルトの血を継いだせいか、幻想的であり、その詩で見るように言語のリズム感、音楽性はすばらしい。それと相反するようであるが、構想は緻密で数学者が組立てたようですらある。ボードレールやヴァレリは崇拝に近い感情をポオに抱いていたようだ。特に後者はポオの作品を「数学的阿片」と言ったことは有名である。こんな推理小説が日本の天保時代に書かれていたと思うと不思議なくらいだ。最近、読み返したが、緻密度過剰という感じもした。アル中の天才が産んだ宝石のような作品集である。