『楽しい夜』 岸本佐知子編訳

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楽しい夜

『楽しい夜』

著者
岸本 佐知子 [編集]
出版社
講談社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784062199513
発売日
2016/02/25
価格
2,376円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『楽しい夜』 岸本佐知子編訳

[レビュアー] 青山七恵(作家)

豪華な翻訳 独り占め

 翻訳家の岸本佐知子さん編訳による、現代アメリカ文学の短編小説アンソロジー。作風もキャリアも関係なく、目利きの岸本さんを唸(うな)らせたこれぞという作品が十一編収録されている。豪華なビュッフェを独り占めしているような心地で夢中でむさぼり読んでしまったが、お腹(なか)(頭?)がこなれてきたところでじっくり再読してみると、各作品が含む妙味がさらに際立ち、語りかけてくる声が幾重にも響きあい、満腹の上クラクラするような酩酊(めいてい)状態を味わえる。

 冒頭の「ノース・オブ」は、感謝祭の食事にボブ・ディランを連れて帰省した女性の話。サヤインゲンの下ごしらえをするディランのシュールな存在感に引っ張られながらも、取り返しのつかないすれちがいの極地へ取り残されるような結末に一瞬気が遠くなった。「家族」では行方不明の子供たちがミニチュア化してクーラーボックスの中で発見される。なぜ? という肝心の疑問は誰からも発されぬまま微妙にズレた日常会話を交わす親子の姿に、家族という共同体のあやうさと不可解さが浮かびあがって恐ろしい。また、アリを骨に寄生させるCM女優が主人公の「アリの巣」、飛行機で隣り合ったセレブリティとのやりとりを描く「ロイ・スパイヴィ」などでは、一見軽妙で奇想天外なストーリーの中に、生や他者との関係性の核に潜む“ままならなさ”がさりげなく露(あら)わにされる。

 どの作品にも共通の、読後に漂うなんともいえない哀愁は、読む者の記憶の中で長いあいだ放置されてきた感情のほつれを甦(よみがえ)らせ、ビリビリ刺激するだろう。しかし最後の一編「安全航海」で描かれる、まっとうされた“ままならなさ”の清々(すがすが)しさ、神々しさといったら! 思わず目が眩(くら)んでしまうが、この他ロマンチックな恋物語もあり、背筋が凍るホラー仕立ての作もあり……読み終えたそばから「もっともっと!」とおかわりしたくなるほど、チャーミングでちょっと危険な短編集だ。

 ◇きしもと・さちこ=1960年生まれ。翻訳家。訳書にミランダ・ジュライ『あなたを選んでくれるもの』など。

 講談社 2200円

読売新聞
2016年3月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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