『日本文学源流史』 藤井貞和著

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日本文学源流史

『日本文学源流史』

著者
藤井貞和 [著]
出版社
青土社
ジャンル
文学/文学総記
ISBN
9784791769100
発売日
2016/01/29
価格
4,536円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『日本文学源流史』 藤井貞和著

[レビュアー] 月本昭男(旧約聖書学者・上智大特任教授)

歴史の動態 見極める

 本書に日本文学史の知識を求めても、得るものは少ない。だが、各時代の作品を読み解くためのヒントは豊富にちりばめられている。本書は、ほぼ半世紀にわたって、この国の詩歌や物語の起源と発生を論じ、個別作品の意味を問い直してきた著者による日本文学通観である。時代ごとに選んだ作品(群)の背後に隠れる歴史の動態を見きわめ、作品の意味を浮かび上がらせてゆく。

 著者がこの国の文学の発生を琉球諸島に伝わる口承文学と重ね、アイヌの神謡やユーカラ(叙事詩)とも対比させたこと、「正統的な語り」であるフルコト(古事や旧辞を示す)に「非正統的で自由な語りの世界」であるモノガタリ(物語)を対峙(たいじ)させたことなどは広く知られていよう。そこには日本の古典をヤマトの文学へと限定させまいとする著者の明確な意思がみてとれる。

 総じて日本の古典に沈潜する研究者たちは、そこに日本独自の美学を見出(みいだ)し、日本人特有の心性を読み取ってきたが、著者の眼差(まなざ)しはどこまでも複眼的であり、「日本的なるもの」に回収されることを拒んでいるかにみえる。

 著者によれば、源氏物語の面白さは人々の内面を彩る宗教的価値観の多様性によって支えられていた。『愚管抄』や『神皇正統記』といった中世の史書は天皇王権と武士政権という中世国家の二元構造の隠蔽に主眼をおく。

 江戸時代は鎖国を掲げてはいても、引き続き欧州の知識と文物が導入される「新しい時代」であった。それを知りながら、鎖国を「のほほんと受け止め」、かたくなに偏狭な国粋主義を守ろうとした本居宣長は作家として凡庸であった、と著者の眼には映る。明治以後、小説も詩歌もまずは翻訳を介して展開する。

 丸山真男の著名な論文「歴史意識の『古層』」を批判し、古代の人身供犠を現代の死刑やいじめに関連づける最後の二つの章には、人文学の意味を鋭角的に問い返してきた誠実な著者の姿勢がにじみ出る。

 ◇ふじい・さだかず=詩人、国文学者。著書に『源氏物語論』、詩集『ことばのつえ、ことばのつえ』など。

 青土社 4200円

読売新聞
2016年3月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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