対中外交を軸に見た安倍政権「激動の1年」

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安倍官邸vs.習近平

『安倍官邸vs.習近平』

著者
読売新聞政治部 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103390176
発売日
2015/12/18
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

対中外交を軸に見た安倍政権「激動の1年」

[レビュアー] 田中隆之(読売新聞東京本社編集局次長兼政治部長)

 台頭する中国は日本にとって「やっかいな隣人」である。経済力で日本の2倍超の規模となった中国は、急速な軍拡でも日本を威圧している。

 中国抜きでは、日本の外交も内政も政局さえも語ることはできない。安倍晋三政権と、習近平国家主席率いる中国との激しいつばぜり合いを見ると、そう実感する。日中関係について、「戦略的互恵」と名付けたのは安倍氏だ。両国が共に利益を得る「ウィン・ウィン」の関係を意味する。しかし、実際の日中関係は一筋縄では行かない。「ケンカと打算の二重奏」と言っても良い。

 2014年11月、北京で安倍、習両氏が会談した。冒頭、顔を背けるように安倍氏と握手した習氏は、会談に入ると、穏やかな表情となり、締め括りには「これから色々と話し合っていきましょう」と安倍氏に語りかけた。

 習氏はその後、「反ファシズム」と称して日本を公然と批判する一方で、翌春、インドネシア・ジャカルタで会談した際には笑顔で安倍氏にこう持ちかけた。

「今の日本を敵視する人は中国にいません。9月の抗日戦勝記念日も今の日本を批判する気はありません。だから総理を招待したい」

 警戒を強めた安倍氏は「日中和解の要素がないと、出席は難しいかもしれません」と態度を保留し、その後、欠席を決めた。その判断は正しかったと言うほかない。

 9月3日の式典は「抗日」一色に染められたからだ。欧米主要国の首脳の参加見送りで不発に終わったものの、中国が対日包囲網を印象づけようとしたのは明白だった。

 中国は、尖閣諸島の領有権を一方的に主張し、東シナ海を囲い込もうとしている。「係争の海」である南シナ海では、フィリピンやベトナムのみならず、米国の抗議さえ無視し、岩礁を次々に埋め立てて軍事基地の建設を強行している。

「東南アジア各国の軍事力は極めて貧弱です。だからこそ、米軍と日米同盟の役割が重要になるんです」

 安倍氏は、今春のバラク・オバマ米大統領との会談でこう訴え、米国の「アジア回帰」を促してきた。中国とどう付き合うかが日米両国の最重要課題となっている。

 一方、経済面では、日本は中国の圧倒的な存在感の前に苦杯をなめた。中国によるアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立だ。日米両国の反対にもかかわらず、英国やドイツなど欧州各国や、日本が「準同盟国」と位置づけようとする豪州までもがAIIB陣営に取り込まれた。

「AIIBに入るかどうか迷っている」と吐露する豪州首相からの電話に、安倍氏は「一番いいと思う判断でやってくれ」と応じるしかなかった。

 日米両国を中心とした「環太平洋経済連携協定」(TPP)は、「中国による経済覇権」の阻止が真の目的だ。安倍氏は14年4月に来日したオバマ氏との直談判で膠着した日米協議を動かし、TPP合意への道を切り開こうとした。

 日本は「法の支配」「民主主義」「自由な市場」といった大義を掲げ、多くの国々の賛同を取り付けてきた。安倍外交の本質は、「仲間」を集めて中国に対抗することにある。政治家が仲間を増やそうとする、民主政治ではおなじみの多数派工作そのものだ。

 14年11月、北京での日中首脳会談を終えて帰国した安倍氏は衆院解散・総選挙に踏み切った。実は解散の決断も中国との駆け引きに左右された。日中首脳会談を実現させ、「対中外交は失敗した」と野党から批判されないようにすることが、解散に踏み切る重要な条件だった。

 日本の政治は長年、対米関係を基軸としてきた。今や、急速にしかも見えにくい形で「対中関係」に比重を移しつつある。この動きに肉薄することが本書の狙いだ。粘り強く取材を重ね、首脳同士の秘められたやりとりや、政治家や外交当局者の水面下の話し合いを数多く盛り込んだ。

 国益をかけて繰り広げられる外交の醍醐味を少しでも伝えられたら、これにまさる喜びはない。

新潮社 波
2016年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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