明治以降の日本史を「人口」から考察する

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日本の少子化 百年の迷走

『日本の少子化 百年の迷走』

著者
河合 雅司 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784106037795
発売日
2015/12/22
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

明治以降の日本史を「人口」から考察する

[レビュアー] 小宮山宏(三菱総合研究所理事長)

 本書は明治以降の日本史を「人口」という視点から考察した労作である。明治維新以降、日本の人口は激増し、既に少子化による人口減少に苦しんでいた欧米列強に脅威を与えた。これが「黄禍論」やワシントン軍縮会議、日本移民排斥、日本封じ込め政策の根本にあったという。人口は国力であり、国防力の要諦であると考えられていた。

 戦前のこのような時代背景での「産めよ殖やせよ」政策の裏で、一九二〇年をピークに日本の出生率は下落し始めた。実は当時の人口学者は昭和一〇〇年(二〇二五年)の人口予測として、少子高齢化を警告していた。

 日米間では、戦後も人口戦は続いた。米国は日本が再び「領土的野心」を抱くことを疑い、日本の人口膨張を止めるための戦いを仕掛けたと本書は見ている。当時人口抑制に繋がる禁断の政策と考えられていた「産児制限」をめぐる戦いだった。

 本書は、GHQが実に巧妙に、その爪痕を残すことなく、あくまで日本国民自身の意思として、日本に産児制限を受け入れさせた様子を当時の新聞記事やGHQの文書から掘り起こした。GHQはまず、医療支援や衛生環境の向上、さらには工業化政策により死亡率を低下させ「少死少産」への転換を促すなど「外堀埋め作戦」を実行した。さらに日本人協力者をピックアップして議会に送り込み、議員立法を提出させて日本国民の意思として産児制限を合法化した。産児制限普及の結果、団塊世代と呼ばれる第一次ベビーブームはわずか三年間で終わりを告げた。団塊世代の最終年である一九四九年の年間出生数二七〇万人から翌年は二三四万人へ一挙に三六万人も減少し、八年後の一九五七年に一五七万人で底を打つまで落ち続けたという。産児制限の効果がいかに絶大であったかが分かる。

 日本は今、いずれの先進国よりも急激な人口減少に苦しんでいる。人口減少は社会経済に大きなマイナス影響をもたらし好ましくない。日本のような成熟した先進国家であれば、人口は増加せずとも安定化を図ればよく、出生率でいえば2を目指す必要がある。

 これには仕事と出産・育児の両立など、働く女性への配慮が欠かせない。OECDの統計によれば、先進国では女性の社会進出が進んでいるほど出生率が増加するという関係がある。日本に当てはめて考えると、企業のトップ自らの決断で事業所内に保育所を作り女性の社会進出を支援し、少子化へ対峙するなどの対策が急務である。

 本書を読めば、日本の少子化の原因はどこにあるのか、なぜ止まらないのか、どのような対策をとるべきかなどに無関心ではいられない。本書は日本の少子化とその対策について、国民一人一人が真剣に考え、行動する契機となる。

新潮社 波
2016年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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