近代的自我ゆえの孤独

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こころ

『こころ』

著者
夏目漱石 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784101010137
発売日
1952/03/04
価格
408円(税込)

近代的自我ゆえの孤独

[レビュアー] 東京大学新聞社編集部員

 ほとんどの高校生が授業で読む本書。この物語には、三角関係に、嫉妬、孤独など現代人が抱える苦悩が登場人物の生きざまを通して描かれている。今年は夏目漱石没後100年だが、100年昔も「昼ドラ」のような悩みを抱えていて面白い。

 物語では最初、学生の「私」が、鎌倉で「先生」と出会い、仲良くなる。何か重大な秘密を抱えている「先生」に「私」は興味を抱くが打ち明けてはくれない。その後帰郷した「私」の元に、「先生」から遺書が届く。そこには学生の時、「先生」と親友の「K」が、下宿先の「お嬢さん」のことを好きになり、「先生」は「K」を出し抜いて「お嬢さん」の婚約者になったこと、ショックを受けた「K」は自殺したことが書かれていた。「先生」は親友を裏切った自分を許せず、明治時代が終わるとともに自殺を決意し、「私」に手紙を書き送ったのだった。

 本書で描かれているのは、近代に生きる者の抱える、自意識の芽生えゆえの孤独や所有欲だ。明治維新後、共同体で協調して生きることよりも、個人として生きることが重要視された。自意識や自我が強い「K」や「先生」は、他人を信じ受け入れることができず孤独だ。親友を裏切った後の「先生」は自分さえ信じられなくなっている。「先生」の「人間全体を信用していないんです」という言葉には、近代に生きる者の深い苦悩が垣間見える。

 物語の核心ともいえる三角関係の背景に、近代的な所有欲がある。「先生」は「お嬢さん」が「K」に奪われると思ったから、婚約者となった。「K」がいなかったら2人が結婚していたか分からない。嫉妬は残酷な結果を生み、「先生」は「恋愛は罪悪だ」と思うようになる。

 本書だけでなく、夏目漱石の小説には、示唆的な悩みを持った登場人物が多く登場する。基本的に皆道ならぬ恋に悩んでいる漱石の作品には、それぞれの人物の悩みに触れ、時に共感し、時に批判しながら、その行方を見守る楽しさがある。

夏目漱石 1867年生まれ。近代日本文学の巨匠。他の著書に『坊っちゃん』『門』『三四郎』など。

東京大学新聞
2016年2月2日第2749号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

東京大学新聞社

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