『デビュー小説論 新時代を創った作家たち』 清水良典著

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デビュー小説論 新時代を創った作家たち

『デビュー小説論 新時代を創った作家たち』

著者
清水 良典 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784062199308
発売日
2016/02/25
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『デビュー小説論 新時代を創った作家たち』 清水良典著

[レビュアー] 安藤宏(国文学者・東京大教授)

文学変わった80年代

 村上春樹らのデビューを受けた八〇年代、「文学」に大きな地殻変動が訪れたことはよく知られている。だがその転換の実質がいかなるものであったかについては、必ずしも衆目の一致する見解があるわけではない。本書はこの時期文壇に登場した八名(村上龍、村上春樹、高橋源一郎、笙野頼子、山田詠美、多和田葉子、川上弘美、町田康)のデビュー作を取り上げ、その転換期の意味を探る試みである。

 多様な個性を一つにくくるのはもとより不可能なことだが、ある一点に着目すると、意外なほどのつながりも見えてくる。サブカルチャー、ポストモダンの潮流、国際化のインフレーションなど、激変していく状況に言葉が追いつかず、宙づりになってしまう「言語喪失」の感覚がそれである。その空漠とした状況に彼らがどう立ち向かっていったのか、という発想が本書の勘どころだ。

 たとえば村上龍はただ眺めるだけのカメラに徹して、そこから見えてくる「戦争」を描いたし、村上春樹は日本語の呪縛に苦しむ中で、次第に「何が書けないのか」を描く文体を手にしていった。高橋源一郎の特異な抒情(じょじょう)も、言葉の喪失状況の中で立ち上ったものだ。密室に立てこもる笙野頼子の絶対的な孤独は、必ずしも彼女の特異な個性だけに由来するものではない。山田詠美の男女間の「優越」を競うゲームからは、描きがたい政治状況がメタファとして読みとれるし、多和田葉子は異文化と母国、自己と他者、といった対立項を、互いに輻輳(ふくそう)する関係に変換していった。川上弘美は素性の不明な「わたし」に徹底してこだわったし、町田康の饒舌(じょうぜつ)の背後には、不在のモラルに焦がれる古風な顔立ちが見えてくる……。

 近年珍しい、何やらなつかしいスタイルの文芸評論だが、奇をてらわぬ真面目な筆致から、八〇年代とは何だったのかを対象化するための重要なヒントを読み取ることができる。

 ◇しみず・よしのり=1954年、奈良県生まれ。文芸評論家。愛知淑徳大教授。著書に『文学の未来』など。

 講談社 1800円

読売新聞
2016年4月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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