『ムーンナイト・ダイバー』 天童荒太著

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ムーンナイト・ダイバー

『ムーンナイト・ダイバー』

著者
天童 荒太 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163903927
発売日
2016/01/23
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『ムーンナイト・ダイバー』 天童荒太著

[レビュアー] 高野ムツオ(俳人)

新しい生、必死に模索

 東日本大震災後、井上陽水の歌「夢の中へ」が脳裏を過(よ)ぎることがある。厖大(ぼうだい)な喪失感とその悲しみで、やけっぱちになった時である。「探しものは何ですか?」で始まる陽水の歌では、探しものは何かはっきり表現されていない。しかし、探すものは人が未来を生きていく上でかけがえないものであるのは間違いないようだ。

 この小説で探しにいくのは、東日本大震災の津波の犠牲者の遺留品である。陽水は探すことなどはやめて夢の中へ行こうと呼びかける。夢にこそ見つかるかもしれないからだ。しかし、津波の遺留品は海底でしか見つからない。だから、被災者の一人でもあるダイビングインストラクターの主人公舟作は、依頼主の要請に従って夜、〈光のエリア〉と呼ぶ原子炉建屋真正面の海中に禁を侵して潜るのだ。

 遺留品探索の依頼者の一人透子は、夫の遺留品である指輪だけは海から持ち帰らないように、ひそかに舟作に頼む。だが、その依頼自体、葛藤に満ちたものだった。指輪が見つかることとは、夫の死を認め、迫られている再婚の道を進むことに繋(つな)がる。もし、見つからなければ一生一人生きていくことになる。どちらを選択するか、自問自答の末の切羽詰まった訴えだった。

 実は、この小説の登場人物はみな同じようなアンビバレンスを抱えながら生きている。そして、その岐路は、さまざまな偶然やすれ違いによっても大きく左右される。

 生きるとは、そうした目に見えない選択不能の過酷とひたすら向き合うことである。その中で、それぞれの新しい生を必死に摸索(もさく)するしかない。それは多くの不慮の死と向き合わざるを得なかった数知れない被災者の間に、今も進行中の深刻な事実である。著者が本書で伝えたかったものは、そこにあるのではないか。その思いが洗練された筆致から、実にイメージ豊かに伝わってきて、ずしりと重い一冊であった。

 ◇てんどう・あらた=1960年生まれ。作家。著書に『家族狩り』『永遠の仔』『悼む人』(直木賞)など。

 文芸春秋 1500円

読売新聞
2016年4月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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