『漂流怪人・きだみのる』 嵐山光三郎著

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漂流怪人・きだみのる

『漂流怪人・きだみのる』

著者
嵐山 光三郎 [著]
出版社
小学館
ジャンル
歴史・地理/伝記
ISBN
9784093884631
発売日
2016/02/16
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『漂流怪人・きだみのる』 嵐山光三郎著

[レビュアー] 松山巖(評論家・作家)

個性的だった日本を追慕

 きだみのる(一八九五~一九七五年)は、戦前には林達夫と共に本名の山田吉彦でファーブル『昆虫記』十巻を完訳し、戦後はベストセラー『気違い部落周游紀行』を書き、よく知られるが、これほど型破りな男だったとは。実に驚いた。

 雑誌編集者だった著者は、きだが七十五歳のとき、一九七〇年四月に雑誌連載の依頼で初めて会うが、著者もびっくりする。なにしろ、きだは当時、劇団の新制作座の好意で借りた一室を掃除もせず、ゴミと異臭が立ち込めるままに暮らしていたからだ。と同時に著者はミミくんという快活な少女とも出会う。実は、この少女はきだの実子なのだが、彼女自身は知らずに、きだと共に東南アジアの各地までも放浪していたのだ。

 ともかく著者は日本各地の小さな村を旅する連載のため、きだとミミくんと写真家の柳沢信と取材を始める。最初は『気違い部落周游紀行』の舞台の恩方村辺名で次は善光寺、その次は伊那、と行き先も車の運転も、きだまかせ。しかも行く先々で実に個性的な人たちに出会うのだ。

 きだは女好きで食いしん坊で、しかも自由人なのだ。その根にあるのは『昆虫記』などから学んだ哲学だ。しかも旅の合間、折に触れ若き日に会ったアナーキストの大杉栄や伊藤野枝、辻潤の話もし、パリ大学に留学して得た知識も披露し、戦時中に旅したモロッコの話も、関東大震災直後に大杉と伊藤を惨殺したとされる甘粕正彦に会った話さえも語る。その上、独特の料理に腕を揮(ふる)ってみせる。

 著者は実に歯切れのいい文体で、こんな驚く話を次々に書き、きだの生い立ちも、彼が書いた『モロッコ紀行』や『気違い部落周游紀行』の筋も各々(おのおの)の時代状況も要領良く説明する。だから彼の著作を未読の読者にも内容がよくわかる上に、きだの自慢料理をイラスト入りで紹介する。

 さらに取材当時の風俗や事件も適宜に挟みこむ。例えば三島由紀夫が憲法改正を訴え、自衛隊に決起を呼びかけ、直後に割腹自殺した事件の日に、きだは、伊那への国立大学設立をこれから文部大臣へ共に陳情しようと著者を訪ねて来る。著者は三島事件が起き、無理と、説得したという。

 本書は驚く事実が次から次に出て、ともかく面白い。

 しかし読者が本当に驚くのは最後の逸話だろう。

 やがて、きだは一九七二年六月から岩手県大船渡で暮らし始める。ミミくんの学校入学のためだ。彼女は年齢からすると小学五年だが、三年の学力もない。そこで近くの衣川にある山の分校に入る。ところが、きだは分校の先生が彼とミミくんをモデルに小説を書き、新人賞に応募した事実を知り、不安を漏らす。

 きだみのるは一九七五年七月に亡くなるが、彼の不安は的中する。先生はミミくんを養子にし、しかも彼は三好京三の筆名で、きだとミミくんを描いた小説『子育てごっこ』を発表。内容はきだを中傷し、自分たち夫婦が少女を育てる美談に仕立てた。だが、この美談も後にミミくんの告発で瓦解した経緯は良く知られている。ミミくんはその後、ロンドンに留学し、イギリス人と結婚したという伝聞も著者は書き、こうして本書は明るく終わる。

 著者は出会った頃のきだとほぼ同年齢になり、自由人だった彼を描くと共に、きだと共に旅した日本の小さな村々、旅で出会った個性的な人たちや当時の風俗、つまり七〇年代前半までの日本の面白さを、すべて均質で効率重視の現代から顧みて、追慕したのではないだろうか。

 ◇あらしやま・こうざぶろう=1942年、静岡県生まれ。作家。著書に『素人庖丁記』、『悪党芭蕉』(泉鏡花文学賞、読売文学賞)など。

 小学館 1600円

 まつやま・いわお 1945年、東京生まれ。評論家、作家。著書に『うわさの遠近法』『群衆』『須賀敦子の方へ』など。

読売新聞
2016年4月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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