十五年前の原発事故の被災地は、独自の生命を持った「森」に――

レビュー

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あるいは修羅の十億年

『あるいは修羅の十億年』

著者
古川 日出男 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087716573
発売日
2016/03/04
価格
2,376円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

十五年前の原発事故の被災地は、独自の生命を持った「森」に――

[レビュアー] 小山太一(英文学者・翻訳家)

 言葉が弾けて、胞子のように拡散する。舞い降りた先で増殖し、また弾ける。語りの力によって、近未来の――震災後の――日本地誌が塗り替えられてゆく。

 つんのめるような、息せき切った文体で語られる複数の物語が次々に飛び火し、読者の視界はサイケデリックな変幻に乗っ取られる。スピード感に満ちた四方八方への取っ散らかりこそ、本書の身上だ。

 それぞれの物語をつなげる伏線はそれなりにちゃんと埋め込まれているし、後半になると、物語間の連結部に光を当てて全体をまとめ上げる努力も散見されるようになる。だが、余剰と過剰をたっぷり纏った破天荒なこのフィクションの言葉には、親切な辻褄合わせを蹴倒し、踏み散らしてゆく馬群の蹄のような勢いがある。作中のフレーズを借りるなら「生存本能に近い」やみくもな勢いが。

 時は二〇二六年。十五年前の原発事故の被災地は、そこ以外の日本によって「島」と呼ばれ、隔離されている。だが、被災地に暮らす人々にとって、そこは独自の生命を持った「森」だ。木々生い茂る森林には、独自の除染能力を持つ茸が生息するようになっている。同時に、その茸を生物兵器として利用しようとする各国の思惑によって、森林は一種の国際的な植民地となってもいる。

 その「森」から、天才的な乗馬能力を持つ少年ヤソウが、ある秘密の情報をたずさえて東京へ向かう。ヤソウが東京で出会い、やがて恋に落ちる少女ウランは、心臓部に小さな原子炉を埋め込まれた「ロボット」であり、東京の起源と鯨の存在を結びつける独自の神話を創造しつつある。一方、ヤソウの従姉サイコは「森」に残って「きのこのくに」という小説を執筆しながら、東京に茸を「植菌」するためのコンタクトを維持している……。

 いやはや、こんな要約は何も言っていないに等しい。まずは、猛り狂う語りのさなかへ。躊躇なく。

新潮社 週刊新潮
2016年4月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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