交渉相手はやわらかなソファーに座らせるべし 触れる面白さとは
[レビュアー] 大竹昭子(作家)
子どもの頃から髪に手がいく癖があった。そのお陰でヘアカットに行く必要がない。どこをどのくらい切ればいいかが手触りでわかるので、家で自分で切っている。髪に限らず何でも手で触れたがるし、触れないとわかった気がしない。つくづく幼児っぽい性格だと思うが、触覚をさまざまな角度から考察した本書を読んで、そんな我が身に安堵した。
興味深い実験結果が載っている。未知の人物を顔写真だけで評価してもらうのに、一方のチームにはアイスコーヒーを、もう一方にはホットコーヒーを手渡すと、後者のほうがその人を「あたたかい人だ」と感じる確率が高いそうだ。交渉事のときに相手をやわらかなソファーに座らせたほうが要求が通りやすいというデータもある。
どちらも実生活に役立ちそうだが、では、コーヒーを握った手や、ソファーに下ろされたお尻は、実際に何をキャッチしているのだろうか。圧力や振動によって生じた皮膚の細胞の変化を感じ取っている。しかし、皮膚といえども万能ではなく、加わる力が垂直方向か水平方向かの区別をするのは不得意らしい。ただ圧力がかかったことだけがわかる。そのために起きる錯覚を体験する仕掛けが、カバーに付いているのでぜひお試しください。
読みながら、触覚というのはとても原初的なものだと感じた。赤ちゃんが何でも触れたがるように、この世に生まれ落ちてすぐに使うのは触覚で、目で見て確認するよりも先に、モノに触れて集めた情報で世界を築きあげていく。原初的ゆえに聴覚、視覚、味覚、嗅覚などを結びつける紐帯にもなる。もしかしたら触るのを止められない我が癖も、感覚を統合しようとする隠れた働きなのかもしれない。
最後の章には、障碍者のコミュニケーションやアートに触覚を応用する技術も紹介されていて、身体が軽んじられている現状が変わりつつあるのを感じた。