希望の海 仙河海叙景 熊谷達也 著

レビュー

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希望の海 仙河海叙景

『希望の海 仙河海叙景』

著者
熊谷 達也 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087716498
発売日
2016/03/04
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

希望の海 仙河海叙景 熊谷達也 著

[レビュアー] 池上冬樹(文芸評論家)

◆哀しみから飛び立つ人々

 副題にある仙河海とは宮城県気仙沼市のことで、熊谷達也は東日本大震災後に港町を舞台にしたサーガ(大河小説)を描いている。一九九〇年が舞台のスポーツ小説『リアスの子』、震災直前までの恋愛小説『微睡(まどろ)みの海』、青春音楽小説『ティーンズ・エッジ・ロックンロール』、六十年後の未来を含めた人間ドラマ『潮の音、空の青、海の詩』、そして短篇集の本書である。

 ここには九本収録されている。スナックを経営する早坂希(のぞみ)(「リアスのランナー」)、リストラ目前の会社員悟志(さとし)(「冷蔵家族」)、両親の離婚に悩む高校生優人(ゆうと)(「壊れる羅針盤」)、苛(いじ)めにあう小学生昂樹(たかき)(「リベンジ」)、進学問題に関わる中学教師村岡(「卒業前夜」)、震災後に妹と暮らす高校生翔平(「ラッツォクの灯」)、変わりはてた街を走る希(「希望のランナー」)らが主人公だ。

 サーガの読者なら、早坂希の二十年前の物語が『リアスの子』、希の同級生が『微睡みの海』の美術学芸員の笑子で、その不倫相手が優人の父親であるとわかるだろう。本書は群像劇で、悟志が懇意にしている車屋の息子が昂樹で、優人の妹の幸子の進学問題を村岡が担当するなど細かい連繋(れんけい)がある。

 九本のうち七本までが震災前で、やや平穏すぎるのではないかと思うが、「ラッツォクの灯」で目頭が熱くなる。設定に驚き、切々たる心情にうたれてしまうのだ。震災怪談のような物語に、震災を体験した人々の哀(かな)しみが溢(あふ)れているからである。これが光源となり、前半の平穏な日常に陰影が生まれ、希を主人公にした最後の短篇が胸をうつ。大震災による記憶の断絶があり、思いの断念があり、いやしがたい哀しみがあるのに、それでも“希望を忘れなければ必ず実現する”ことを謳(うた)いあげ、激しく胸を揺さぶるからだ。

 本書でサーガは五冊を数える。いずれ本書の人物たちが長篇の主役となり、織り込まれる人生模様は複雑巧緻になるに違いない。注目の連作である。

 (集英社・1944円)

<くまがい・たつや> 1958年生まれ。作家。著書『漂泊の牙』『邂逅(かいこう)の森』など。

◆もう1冊 

 佐藤泰志著『海炭市(かいたんし)叙景』(小学館文庫)。作家の故郷である函館市をモデルにした「海炭市」で暮らす人々の姿を描く連作短篇集。

中日新聞 東京新聞
2016年4月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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