【インタビュー】伊坂幸太郎、12年ぶり“復活”の本音

インタビュー

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サブマリン

『サブマリン』

著者
伊坂 幸太郎 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062199537
発売日
2016/03/30
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【インタビュー】伊坂幸太郎、12年ぶり“復活”の本音

[レビュアー] 佐々木敦(批評家)

『チルドレン』から、12年。 家裁調査官・陣内と武藤が出会う、新たな「少年」たちと、罪と罰の物語──『サブマリン』が刊行された。 執筆に至った経緯と小説家・伊坂幸太郎の今を、著書『ニッポンの文学』で伊坂幸太郎を「他に似た者のいない独自のポジションに立っている作家」と評した批評家・佐々木敦がきく。

続きを書くつもりは、なかったんです

──久しぶりの『チルドレン』の続編、今なぜ、『サブマリン』を書かれたのでしょう。

『チルドレン』の続きを書くつもりは、実は、なかったんです。

でも、直接関係があるかどうかは自分でも分からないんですが、陣内だったら今どうするだろう、というようなやりきれない少年事件も現実に起きたりしていて、ある時期に、僕のなかで何かが越えたというか。

もし『チルドレン』を読んで面白いと思ってくれた読者がいたなら、今、その人たちのために陣内や武藤たちが活躍する新しい物語を書こう、今度は長編でやろう、エンターテインメントとして挑戦してみよう、と思えたんですね。
それが、2~3年前のことでした。

──2004年の『チルドレン』刊行から、2016年の『サブマリン』まで長い年月が流れています。伊坂さんがその間に書かれた小説で積み重ねてきたものが、どこか作品の在り方として、この新作に詰まっているような気がしてなりません。

『チルドレン』で、家庭裁判所の調査官を主人公に小説を書いたとき、決めたことがあるんです。

それは、調査官が熱意を持って頑張れば非行少年も理解してくれて更生するんだ、というお話にはしたくない、ということでした。

『サブマリン』でも、その最初に決めたことを踏襲しているのはもちろんなんですが、今作では、一方でこんなことを目指してみたんです。

たとえば、交通事故って、本当にやりきれないものですよね。何の罪もない人が突然命を奪われる。実際の事故の報道に接したりすると、僕自身、そこに加害者に対しての怒りしか覚えないですし、やりきれない。

でも逆に、その加害者には重い持病がありました、と聞けば、僕はすぐに、ああそうだったんだそんな事情もあったんだ、って加害者に同情する気持ちを持ってしまう。

でもまた逆に、持病があったにもかかわらず加害者は病院に通っていなかったと報じられると、なんなんだよふざけるなよ、ってまた怒りがわいてくる。

揺れ動いちゃうんですよ。被害者はもちろん被害者のままですけど、いったい誰を責めたらいいのか分からなくて。

だから、そういうことを、嫌だけど、書く。そういう結末がはっきりしないものを、書いてみよう、と決めたんですよね。 僕の初期の作品は、そんな意識を持ちながら、物語としては勧善懲悪のスタイルにしたかったんです。フィクションだから。

でも、だんだん、それはそれで何作か書いているし、じゃあ、それをさらに越えたものを、やりきれなさを描きながらもっともっとエンターテインメントにしていこう、っていうのが、僕のなかである種の課題になってきたんですね。

やりきれないまま終わると文学的に寄るかもしれないけど、それはエンタメ作家としてずるい気もするので、エンターテインメントとして面白い小説を目指してみよう――『サブマリン』を書く上で、そういう気持ちがありました。

奇をてらいたいわけではないんですが

──連作短編の『チルドレン』から、長編の『サブマリン』へ。小説の構造としても、何か変化を与えたいという気持ちがあったのでしょうか。

僕は、もともと連作短編という形式が得意ではないというか、『チルドレン』の場合は、本当にデビューして間もない初期の頃に小説誌の単発の執筆依頼をいただいたのがきっかけだったんです。それで、「バンク」という最初の短編を書いて、そこから半年に1編くらいのペースで「チルドレン」、「レトリーバー」、「チルドレンⅡ」、「イン」と書き継いでいって、一冊の本にまとまっていったという経緯があったんですね。

今回、それと同じことをするつもりはまったくなかったんです。

『チルドレン』のように一編一編の章立てで時系列の変化をつけたり、視点人物を替えてみたり、そういうこともしたくなくて、前もそうだったから今度もこうなるでしょ、っていうふうに読者が思ってしまうことはやりたくなくて。たぶん、僕の作風って、そこがポイントになっているんです。読者に安心感を与えてしまうのが嫌なんでしょうね。

──伊坂さんは、「読者型」の小説家だと感じます。どんなジャンルでもそうだと思うんですが、たとえば小説家だったとしたら、小説家になる動機というのは、他人の小説を読んだから小説家になる人と、それとは無関係に小説を書いて小説家になる人とがいますよね。伊坂さんの場合は、いろいろな小説を読んで、小説が好きで、じゃあ、それに対して自分は何を書けるのかな、と自分に問いかけることで、小説を書いてこられた方だと思うんです。

まさに、そうですね。

──だから、読者の小説の読み筋を、予測するんですよね?

そうなんですよ(笑)。

──予測して、そっちに行かないようにする。

奇をてらいたいわけではまったくないんですが、読者の半歩あとをついていくような展開は本当に嫌なんです。読者の僕は、「こうなるのかな」という予測どおりにいく小説は読みたくないので。

たとえば、『サブマリン』の冒頭で、陣内と武藤の二人の家裁調査官が少年を鑑別所へ護送する場面を書いたんですが、その次の場面をどうするかで、まず最初に悩みました。

たぶん、何も考えなければ、次は調査官たちの職場のシーンに続けると思うんですよ。そのシーンを、語り手の武藤が説明して、今こういう状況になっていますよ、そこに陣内もいますよ、同じ組の女性調査官はこういう人ですよ、ということを彼が説明して、小説を書いていくと思うんですが、それが僕、心底、嫌なんですよ(笑)。あまりに定型といいますか、読者には何のわくわく感もなくて。少しでも、「あれ、どうなるのかな」と思ってほしいというか。

実際は、いったんは普通の流れで書かなきゃいけないと思って、職場のシーンを書いてみたりするんですけど、もう自分がつまらなくて、そこから書けなくなってしまって……。

だから、今作では、別の方法を考えて、具体的には、ひとりの新しい人物をいきなり登場させているんですが、そっちに話を振っていこうと。あるいは、後で出そうと思っていた別の人物を、早めに登場させて、小説を動かしていこうと。それで少しずつ前に進めたんですよね。

僕は、やっぱり、そういうことをやらないと書いていけないんだろうな、と思うんです。

実はあまりキャラに興味がないんです

──自分が作者なのに自分の作品に縛られていく、という不思議な葛藤があるわけですね。ご自身のなかにいる読者の存在が、大きい。常に作者の伊坂幸太郎と、ちょっとうるさ型の読者のイサカコウタロウが、脳内でディスカッションしているような。

そうなんですよ! それしかないんです。この小説、どうなるんだろう、って思ってほしい、思いたいんですよ。読者の予測から、ずらしたくなる、あるいは、はしょりたくなる、というか。

今回は、最初の100枚未満のところで、書き直して、書き直して、ということを何回も繰り返しました。

──伊坂さんの小説は、往々にしてプロットが錯綜していることが多いと思うんですね。今回の『サブマリン』も、相当プロットが凝っている。その最初の書き直されている頃から、今回の小説全体の構造は決まっていたんですか。あるいは、書きながら決めていったんですか。

今回は、決まっていました。最後の部分まで。

僕は、実は、あまりキャラクターに興味がないんですよ。よく誤解されるんですが。 プロットや構造をつくったあとに、書き始めて、登場人物に名前をつける段階になって、単なる棒人形じゃつまらなくて、それで、仕方がなく、人物造形を肉付けしていくような具合なんですね。

──え!? そうは全然思えないですよ!

読者の方たちは登場人物表とか人物連関表とかを作っているように思ってくれているようなんですが、実際はそういうことはほとんどなくて。はじめはとにかく、物語の構造や展開を考えるんですよね。キャラクターはあまり関係ないというか。しょうがないから考えるというか(笑)。

ただ、この作品の、陣内とか永瀬とかの雰囲気は、わりと好きだったんですよね。 思い入れのない僕のなかでは、という意味ですけれど。あの空気感、というか。

陣内について、伊坂幸太郎の思い

──『チルドレン』と『サブマリン』に登場する陣内は、ものすごく魅力的に描かれていると思うんです。こんな男、いるわけないんだけど、いそうな気がする、目に浮かんで来る、そういう独特のキャラクターだと思うのですが。

今、話していて思い出したんですけど、陣内にかんしては、デビュー前、新人賞に応募した原稿があって、そこに陣内や、永瀬たちが出てくるんですよ。

鴨居玲という画家が僕は好きで、その画家の作品からタイトルをつけた話だったんですが、新人賞の何次選考かで落ちてしまったんですよね。それは鴨居君が主役なんですが、陣内や永瀬たちも出てきていて。

先ほどお話しした『チルドレン』の最初の短編の「バンク」は、そこに出てきた彼らを持ってきて、書いた小説だったんですよ。

そういう経緯もあって、陣内は、僕の作品のなかでは珍しく思い入れがある人物なんです。むしろ、いちばんある、といっていいくらい。 もう一方で、黒澤っていうのもいるんですが、黒澤はもうちょっとドライな、僕のなかで距離感がつかめているほうの人物なんですけど。

『チルドレン』の頃もそうでしたが、今回また陣内を書けて、楽しかったですね。

──陣内自身の視点や内面は描かれないので、読者が陣内という突拍子もない行動をとる人物を想像する余地がある。そこが、すごく面白いところだと思うんです。長編の『サブマリン』になって、その部分はより強くなっていますね。

それはそうかもしれませんね。陣内のパートはない、というのは大事ですね。

ホームズとワトソンではないですけど、変わった人の横に一般的な人がいて、陣内の隣には武藤がいて、というのをやりたかったんだと思います。

──伊坂さんの作品には、「どうしようもない悪」というものに対する怒りが溢れているように思います。リアルな世界は勧善懲悪の物語のようにはならなくて、そうあるべき理想があっても、そうはならない現実が、厳然とある。伊坂さんが繰り返しやられていることは、その理想と現実のあいだをどう調整してフィクションを書いていくか、ということなんじゃないかと思うのですが。

そうかもしれません。

諦めのなかで、どうやって、希望を見つけていくか。かなりネガティブな世界で、どうポジティブな未来を見るか。そういうことしか書いていないというか。
そういう作風なんですよね。

頑張れば何とかなるよ、とも言えないし。もうダメだ、とも言いたくないし。 読者は怒るかもしれないんですが……、とにかく、答えは分からないですよ、というスタンスで。

もう、続編はありません……(?)

──『サブマリン』を書かれたからには、さらなる続編を期待してしまいますが?

それは、ないです(笑)。シリーズものというより、新しい小説を書きたいという欲求が強いので。

ただ、やっぱり、せつなさはありますよね。陣内は、僕が書かないかぎり、出てこられないじゃないですか。

たとえば、『死神の精度』『死神の浮力』のシリーズについては、自分がもっと歳をとったときに、死が怖くなって、もちろん今も怖いんですけど、もっと今とは違う感覚で、もしかしたら死神を書きたくなるんじゃないかな、という気はするんですね。

でも、陣内にかんしては、自分のわくわくする感じという意味では、今すぐはそういう気持ちにはなれなくて、次に何かそういうきっかけのようなものがない限りは、ないのかなという気がするんです。

──とすると、何か陣内が必要となるようなフックが生じたとしたら?

僕のなかの読者は、またすぐに陣内が出てくる作品を書いたら、こいつもうアイデアがないのかな、って思っちゃうんですよ(笑)。

──自分に厳しい(笑)。

この人もう続編しか書けないんだ、みたいに思われるのがくやしくて!

──それ気にしているんですか。いや、全然そんなことにはなってないですよ(笑)。『チルドレン』や『サブマリン』を好きになってくれる読者も増えますし。

そう言ってもらえると嬉しいですけど。

何かまた、自分の挑戦したいと思う方向の小説を書いて、よし、っていう達成感があったら……。
たしかに一読者としては、早く書いてよ、っていう気持ちも分からなくはないんですけど。

でも、続編を楽しみにしてもらえるのはありがたいです(笑)。

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著者プロフィール
伊坂幸太郎(いさか・こうたろう)

1971年千葉県生まれ。東北大学法学部卒業。2000年、『オーデュボンの祈り』で第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞してデビュー。’04年、『アヒルと鴨のコインロッカー』で第25回吉川英治文学新人賞、「死神の精度」で第57回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。’08年『ゴールデンスランバー』で第5回本屋大賞と第21回山本周五郎賞を受賞。近著は、『陽気なギャングは三つ数えろ』、『火星に住むつもりかい?』、『キャプテンサンダーボルト』(阿部和重氏との共著)等。本作は、’04年刊行の『チルドレン』に登場した家裁調査官・陣内と武藤が活躍する書き下ろし長編。

インタビュアー 
佐々木敦(ささき・あつし)

1964年名古屋市生まれ。批評家。文学、映画、音楽など幅広いジャンルで批評活動を行っている。最新刊は、『ニッポンの思想』『ニッポンの音楽』に続く「ニッポン」シリーズ完結編となる『ニッポンの文学』(すべて講談社現代新書)。他に『例外小説論 「事件」としての小説』(朝日選書)、『ゴダール原論 映画・世界・ソニマージュ』(新潮社)、『あなたは今、この文章を読んでいる。 パラフィクションの誕生』(慶応義塾大学出版)など。

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講談社
2016年5月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

講談社

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