『手話を生きる』 斉藤道雄著

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手話を生きる

『手話を生きる』

著者
斉藤道雄 [著]
出版社
みすず書房
ジャンル
社会科学/教育
ISBN
9784622079743
発売日
2016/02/20
価格
2,808円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『手話を生きる』 斉藤道雄著

世界が反転する驚き

 明晴学園という学校がある。日本のろう者・ろう児の使う「日本手話」で授業を行い、手話を身に付けた後に日本語を学ぶ――そのような「バイリンガル教育」を実践する日本唯一の学校だ。著者はその創立から深くかかわるジャーナリストで、内側と外側の双方の視点から、国内外の教育の歴史、論争、そのなかで「手話」がどう扱われてきたかを描いている。

 本書を読み始めるとき、私はこの本がろう教育のあり方を問うノンフィクションなのだと思っていた。もちろんそれは本書の重要なテーマの一つなのだが、読み進めるにつれてすぐに、これは自分たちの生きる社会そのもの、そして「言葉」の成り立ちを描いた複眼的な作品なのだと思うようになった。

 普段、私たちが目にする「手話」の多くは、発話される日本語を手話単語に置き換えた「日本語対応手話」と呼ばれるものだ。日本手話はそれとは似て非なるもので、あらゆる感情や概念を自由に表現できる自然言語だという。国や地域によって違いがあり、それぞれの場所にろう者のコミュニティーから自然に生じた手話がある。つまり、「聴」の世界の言葉に対して、「ろう」の世界にも同じように豊かな言語空間が広がっているというわけだ。

 著者は手話を自然言語として見つめると、聞こえないことが乗り越えるべき「障害」ではなくなることを、多様な取材を通して鮮やかに描き出す。手話を用いて生きる人々が、この社会の少数派として捉え直されるのだ。一人のろう児による冒頭のモノローグ、続けて「手話が現れるとき」と題する第一章をまずは読んでみて欲しい。私はそこに世界が反転するような驚きを覚えた。

 人はどのように言葉を獲得するのか。その言葉によって、子供たちはいかにして心の成長を遂げていくのか。言語、文化、教育――いくつもの命題が響き合う豊饒(ほうじょう)な一冊だ。

 ◇さいとう・みちお=1947年生まれ。元TBS報道局記者。明晴学園の校長を経て、現在は理事長。

 みすず書房 2600円

読売新聞
2016年4月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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