『九十九藤』 西條奈加著

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九十九藤

『九十九藤』

著者
西條 奈加 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087716474
発売日
2016/02/26
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『九十九藤』 西條奈加著

[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞社特別編集委員)

辛抱と慈愛の女性

 私が時代小説をこよなく愛するのは、そこには時代を超えた人情があり、生きるとは何かを考えさせてくれるからです。この小説からも多くのことを学びました。

 江戸の人材派遣業、口入屋(くちいれや)の女将(おかみ)お藤は「商いは人で決まる」という信念のもとに、次から次へと工夫を重ねます。今風に言うビジネスモデルです。中間(ちゅうげん)の派遣先を武家から商家に替えます。安く雇える素人を無償で寝泊まりさせて指南し、指南期間を徐々に縮めていきます。

 派遣する寄子には「店の看板はお前たち自身です」と誇りを持たせ、小さな不満をため込まないようにします。仕事とは各々(おのおの)が日々の役目を通して己を磨くことと信じて疑わないお藤は、人生は「葛藤(つづらふじ)」(九十九(つづら)藤)だと思うのです。葛藤の蔓(つる)のように幾重にも曲がった道のことだと思い当たるのです。

 商家に切り替えたことで降りかかる組合からの圧力に敢然と立ち向かい、打ち壊しにあって店が木っ端みじんになっても屈せず、一晩で三店を元通りにしてみせるお藤。そこには新しい時代を切り開く女性経営者の姿があります。

 14歳で女衒(ぜげん)の手で売られそうになったお藤を助けてくれた武士に13年ぶりに邂逅(かいこう)します。命の恩人は江戸の中間たちの頂点にいて「黒羽の百蔵」と言われていました。お藤の胸は、単に恩人に会ったというだけでなく高まります。

 しかし、彼には親の無念を晴らすという大望がありました。元主家の家老を討ち取った百蔵は死罪となって小塚原の刑場の露と消えます。ああ、これでは寂しすぎると思って読み進むと、天(作者)は決して読者を見放しません。まったく意外な展開が待っているのです。

 読み終わって私には、お藤さんの姿がくっきりと浮かびます。顔はあくまでも理知的で和服をきりりと着こなし、決して荒らげた物言いはしません。人を信じて待ち続ける辛抱強さがあり、時折見せる笑顔は慈愛に満ちています。

 ◇さいじょう・なか=1964年、北海道生まれ。2005年『金春屋ゴメス』(日本ファンタジーノベル大賞)でデビュー。

 集英社 1500円

読売新聞
2016年4月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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