米国に生まれ、日本語で書く作家の「故郷」を問う小説集

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模範郷

『模範郷』

著者
リービ 英雄 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087716528
発売日
2016/03/25
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

米国に生まれ、日本語で書く作家の「故郷」を問う小説集

[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家)

「故郷」とはなにか。「ネイティブ」とはなにか。リービ英雄は本書中の一章で、「もし『ゴーイング・ネイティブ(その土地の人間に同化する)』が本当にあるとすれば、(中略)人種でも生い立ちでもなく、文体の問題なのである」と書いている。本書は、米国に生まれ、日本語で執筆するリービの、創作のルーツを記す小説集である。

 作者は3年前、少年期を過ごした「故郷(グーシャン)」の台中へ五十二年ぶりに帰り、現代化した「模範郷(モーファンシャン)」の変貌を目の当たりにする。模範郷は旧日本人街で、リービ少年がここで過ごしたのは一九五〇年代、国民党支配後の数年間だが、まだ家屋や生活品に日本統治の名残があった。中華民国の「國語(グオユー)」が飛び交い、日本語の歌謡が流れてくるなか、アメリカ人の宣教師学校に通う。それが異境の故郷の原風景だ。

 学校が採用していた聖書は、三百年前の古い英語で訳されたキング・ジェームズ版で、リービ少年はsky(空)の前に、firmament(穹蒼(おほぞら))の綴りを習ったという。この時の教育がのちにリービ英雄の創作の源泉となる。その何十年か後、「万葉集」の古文を英訳するさい、「天(あま)の河原(かはら)に」という原文に、firmamentという語が驚くほど抵抗なく出てきた。かつて、firmamentは東洋人への伝道のために「天」と訳されたが、リービは千年余り前の日本語の「天」に、このfirmamentをきっちりと打ち返し、還元したわけだ。

 故郷の故郷である中国と、リービはあちこちで出会う。中共独裁以後、大陸では発禁になっているパール・バックの『大地』。バックの評伝を読んでリービは思う。中国語で思考しながら英語で書いたバックの「『大地』は原作のない翻訳のように、もう一人、不可視で名のない『ネイティブ』の作者を思い描かせる」。そして、なぜバックは自分のように、言語を越境して中国語で書かなかったのか?と。

 読後、言語のはざまに生きる一翻訳者として、心がざわめき続けている。

新潮社 週刊新潮
2016年4月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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