日本の上空は「福岡空国」 現役パイロットが綴ったエッセイ集

レビュー

3
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グッド・フライト、グッド・ナイト

『グッド・フライト、グッド・ナイト』

著者
マーク・ヴァンホーナッカー [著]/岡本 由香子 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
歴史・地理/旅行
ISBN
9784152096036
発売日
2016/02/24
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

日本の上空は「福岡空国」 現役パイロットが綴ったエッセイ集

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 空の旅では窓際の席をとり、窓に額を押し付けて外を見る。模型のように鮮やかな山容や川の蛇行、手でつかめそうな入道雲の塔に夢中になるうちに、人間はなんてものを発明したのだろうと呆然となる。

 そんな空を飛ぶ魅力が、本書にはたくさん詰まっている。現役のパイロットが書いたというだけではこうはいかない。豊富な知識と経験が想像の翼によって飛翔し、エッセイに編み上げられたさまが見事だ。

 空は私たちが想像する以上に地上とはちがう掟に操られている。パイロットが理解せねばならない速度の概念だけでも対気、対地、音速など四つあるのが良い例だ。空気の層に沿って飛行するという表現は海の海流を想わせるし、実際、空と海では多くの用語が重複する。地上とは異なる「空国」があるという表現にも瞠目した。その境界は必ずしも国境と重ならず、国名もちがう。例えば日本はひとつの空域に含まれるが、その名前は「日本」ではなくて「福岡」。「福岡空国」を飛んで成田や札幌に着陸するわけだ。「空国」の公用語は英語だが、移動するにつれて管制官の英語のアクセントに微妙な変化が生まれるとか、高度が下がると地上のにおいがコックピットのなかにも侵入する(インドは独特なにおいがする!)とか、空中を飛ぶことはまったく別の世界を横断するのに等しいのだ。

 パイロットは絶えず時間と空間を高速で移動しており、当然のこと地上との関係は希薄になるが、その孤独感が魅力にもなっていると感じたのは、夜のフライトのくだりだ。「闇が支配する時間に、光の文字で記された本のページのような地表を眺めていると、夜間飛行は、人間が地上に生んだ光の美しさを再確認するだけのためにあるような気がしてくる」。

 この言葉を味わうために、次に飛ぶときは夜中に起きて窓の外を眺めてみよう。運がよければオーロラが見られることもあるらしい。

新潮社 週刊新潮
2016年4月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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