『祖父 大平正芳』 渡邊満子著

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祖父 大平正芳

『祖父 大平正芳』

著者
渡邊 満子 [著]
出版社
中央公論新社
ISBN
9784120048210
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『祖父 大平正芳』 渡邊満子著

[レビュアー] 牧原出(政治学者・東京大教授)

政治人生 澄んだ筆致で

 1978~80年に首相を務めた大平正芳についてのエッセイ。著者の渡邊満子氏は孫に当たる。大平は、大蔵省出身の政治家で、リベラルな信条の持ち主であり、読書家として知られ随筆も多い。国土計画では田園都市国家構想を唱え、財政再建のために消費税導入を真剣に検討した。先見の明ある首相として、研究者による評伝が複数出されている。

 だが、大平は自民党内で派閥抗争が激化した時代の首相であり、党内で総裁続投をめぐって内紛を40日にわたって続けた「40日抗争」の一当事者であった。その後の在任中の死と合わせて、政治にまつわる怨念を思わざるをえない人物でもある。

 ところが本書を開くと、透明感あふれる文体とともに、大平と周囲の政治家が実にすがすがしい姿で立ち現れている。たとえばこんな一文。「政治家は『人たらし』でなければならないと私は思っている。その人がいるだけで、ゆるやかな秩序が生まれる……、そんな存在」。首相の近親者が回顧録を書く場合、力んで庇(かば)ってみたり、満たされない思いが澱(よど)んだりするものだが、テレビ局で数多くの番組を手がけた著者ならでは。カメラのファインダーごしに鮮やかによみがえったかのようだ。

 著者は首相時代には高校生だった。大平を支える一家の一員でありながら、様々な思いをすっと消し去っているような文章なのだ。思えば、著者の父森田一氏は、大蔵官僚時代に大平に見いだされて女婿となり、秘書として支えた。その己を消すような生き方が、自然に娘である著者にも流れ込んでいるのだろう。

 だが大平の死後選挙区を継いだ森田氏は壮絶な鬱(うつ)病との闘いに苦しみ、大平夫人にも出自からの「コンプレックス」があったと著者は観察する。何よりも貧しい農家に生まれ、派閥政治を生き抜いた大平自身が、屈折した感情をエネルギー源としていたはずだ。すべてを洗い流すかのようでいて、政治への鋭い観察が随所に光る。出色の政治家論である。

 ◇わたなべ・みつこ=1962年、東京生まれ。日本テレビ勤務を経て、メディアプロデューサー。

 中央公論新社 1600円

読売新聞
2016年4月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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