『マルクス思想の核心』 鈴木直著

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マルクス思想の核心

『マルクス思想の核心』

著者
鈴木 直 [著]
出版社
NHK
ISBN
9784140912379
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『マルクス思想の核心』 鈴木直著

[レビュアー] 月本昭男(旧約聖書学者・上智大特任教授)

疎外からの解放探る

 私立大学に勤めて35年になるが、いつのころからか、どれだけ多くの付加価値を与えて学生を社会に送り出せばよいのか、といった議論が学内に飛び交うようになった。大学があたかも人材という商品の生産工場と化してしまったかのように。学生のほうも一向にそれを気に留める風がみられない。現代社会はこうして若者の人生までも「商品化」してしまうものなのか。

 こうした問題は、しかし、今にはじまったことではない。すでに150年以上も前に、マルクスがこれと似た事情を見抜いていた。賃金労働が人間の労働力を商品化する資本主義経済の仕組みを彼は明らかにし、そうした経済現象の背後に、人間の生命そのものが商品化されてゆく事態を洞察した。

 本書は、こうした事態の解明に苦闘したマルクスの思想のなかに、現代に生きる私たちにも重要な視座が見出(みいだ)せないか、と問いかける。もはやマルクスの理論では高度に情報化した現代社会を捉えきれない。現代の資本主義はバブル経済やリーマン・ショックのような経済危機を克服し、ピケティが裏付けたような格差拡大に対しても弥縫(びほう)策を講じうるかもしれない。だが、と著者は訴える、「人間の労働力を商品化することが当たり前になった経済社会が、はたして人間本来のあり方…に望ましいのか」と。

 人間本来のあり方をマルクスは、すべての人が自らを社会的存在として認識し、互いの自由と平等を認め合うことにみる。彼はこれを人間の「類的本質」と呼んだが、それは、ホッブズ、ロック、ルソーと続く、今日の民主主義社会を基礎づけた近代社会哲学やドイツ哲学から批判的に継承した人間観である。ところが、人間はそこから疎外されざるをえなくなった。その仕組みを解明するマルクスをじっくり読み直してきた著者は、そこに疎外から解放された21世紀の社会を構想しうる思想の可能性を読み取ってゆく。

 ◇すずき・ただし=1949年、東京生まれ。東京経済大教授。著書に『輸入学問の功罪』。

 NHK出版 1400円

読売新聞
2016年4月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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