『最低。』
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『声のお仕事』
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『最低。』紗倉まな/『声のお仕事』川端裕人
[レビュアー] 吉田大助(ライター)
いいじゃないか! 『最低。』(KADOKAWA)を開き最初のページを読んだ瞬間に漏れ出た、心の声はこれだ。
工業高等専門学校在学中の一八歳でデビューし、現在二二歳の超人気AV女優・紗倉まなの小説デビュー作だ。AV女優を巡る全四編=四人のヒロインが登場する本書の、一編目「彩乃」の書き出しは〈「そんな悪い仕事じゃないと思うねんけどなぁ」/洋平は妙に甲高い声でそう言うと、そのままねだるような視線を彩乃の口元に注いだ。悪い、仕事じゃない。震える声で力なく彩乃がオウム返しすると、洋平が余裕のある表情で頷いて笑った。――そんなわけ、ないじゃない。彩乃も弱く笑い返す〉。ここには、恐れがある。寂しさがある。なまめかしさがある。そして、主観と俯瞰が分裂しつつ共存する、少女の不安定さが。
今年で二十歳になる彩乃は、高校卒業後に釧路から上京したものの専門学校での日々に失望し、AV女優を仕事にすることを決めた。現場でのこと、親バレのこと、恋愛のこと……。情報を羅列した「AV女優あるある」とは異なるかたちで並べられた言葉の数々には、魂の一部は繋がっているけれども決して分身ではない、彩乃という一人の女の子を生み出そうとする作家の意志が漲っている。周辺人物の存在感も同様だ。それぞれが独自の人生を生き、その人生から出てきた言葉を喋っている感触が、全編で持続する。ラストシーンの会話が、特にいい。バーで引っ掛けた年上の男と、彩乃は久しぶりの恋をする。「ねえ、日比野さんは私のDVD、観たことある?」。そのリアクションが、実に日比野らしい(と感じることができる)のだ。続く三編も一気に読み終えた瞬間、飛び出た言葉はこうだ。とってもいいじゃないか!
キャリア一八年、川端裕人の『声のお仕事』(文藝春秋)も、とってもいい。ありそうでなかった、「声優」を題材にしたお仕事青春小説だ。二〇代後半にして声優キャリアほぼなしの崖っぷち青年が、野球アニメのオーディションでついに役を射止める瞬間からスタート。その役はなんと……犬! その現実に腐らないこと、丁寧に自分の役割を果たそうとしたことから、ブレイクスルーの端緒を掴む。
声の個人技やセンスだけでなく、チームワークの重要性に着目した収録現場シーンが、ことごとく熱い。一般的に、歯車という言葉はネガティブに使われることが多いだろう。だが、自分という歯車が隣の歯車を動かし、そうしたエネルギーの連なりによって大きな何か(=アニメ作品)を動かす。その何かが、人々の心を動かし世界を変える! そんなイメージが、不器用ながらも試行錯誤を止めない主人公に声援を送る、読者の胸に積み重なっていく。この一作は、「声のお仕事」に限らず、あらゆる職場で働くすべての人々を勇気づける。うん、とってもいい!!