[本の森 ホラー・ミステリ]『樹液少女』彩藤アザミ/『神の値段』一色さゆり/『アメリカ最後の実験』宮内悠介

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『樹液少女』彩藤アザミ/『神の値段』一色さゆり/『アメリカ最後の実験』宮内悠介

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 芸術(アート)を題材とした三冊を紹介する。彩藤(さいどう)アザミ『樹液少女』(新潮社)は磁器人形(ビスクドール)を、一色(いっしき)さゆり『神の値段』(宝島社)はインク・アート(墨による抽象画)を、宮内悠介(みやうちゆうすけ)『アメリカ最後の実験』(新潮社)はジャズを題材としている。

 まずは『樹液少女』だ。一五年前に失踪した妹を探し続ける森本(もりもと)は、目的地を前に吹雪に襲われ、意識を失ってしまった。彼は近くの館に暮らす娘に救われ、そこに滞在することになる。磁器人形作家を主とするその館で彼は、訪問客達と共に事件に巻き込まれる……。吹雪の山荘での連続殺人に暗号が絡むという“いかにも”なミステリだが(顔のない死体パターンも含まれている)、そうした典型とは無縁の新鮮な緊張感を提供してくれる。人と人形の境界が揺らぎ、人形と人形作家の境界が揺らぐ。殺人者と探偵の境界が揺らぎ、作家と作品の境界が揺らぐ。吹雪の山荘の内と外だって、別世界ではいられない。そんな揺らぎにもかかわらず謎解きは明晰(それで全てが丸く収まるかというとそうでもないのだが)。旧字旧仮名遣いの作中作が印象的だった『サナキの森』で新潮ミステリー大賞を射止めた彩藤アザミの受賞後第一作は、かくも妖しくて蠱惑的に仕上がっていた。

 一色さゆりの作品は『このミステリーがすごい!』大賞の大賞受賞作である(城山真一『ブラック・ヴィーナス 投資の女神』と同時受賞)。人前に姿を現さないインク・アーティスト川田無名(かわたむめい)の作品を一手に扱う画商の唯子(ゆいこ)。ビジネスの才覚と美貌で知られる彼女が殺された事件を軸に、アートとビジネスの関係を掘り下げた一冊だ。無名の作画法に戦慄するのはアートの刺激だし、完成した作品をコントロールする様からはビジネスの刺激を得られる。新鮮極まりないアートビジネスミステリだ。

『アメリカ最後の実験』は、米国に渡った日本人の若手ピアニストを主人公とした一冊であり、たっぷり日数を費やして行われる音楽学院への入試の過程で起こる殺人事件(及びその絶望的な余波)や、あるいは主人公の父親探しなどを描いたサスペンス小説だ。入学試験での演奏シーンが素敵な緊張感に満ちている点はまず述べておきたいが、本書の魅力はそれだけではない。人が作った音楽がいかに人に影響を与え、いかに世界に影響を与えるのかを著者は深く考察しており、それを小説として巧みに表現しているのだ。言葉の選択、文章のリズム、場面展開のリズム、転調(視点の切り替え)などを駆使し、さらには“人を壊す音楽”や人を惑わす謎の楽器などのエピソードも交えて、読み手の心を見事に操っているのである。音楽に対して、そして人に対して容赦なく残酷な内容ではあるが、それ故に本気の愛にも満ちている。こんな小説を読めて、本当に幸せである。

新潮社 小説新潮
2016年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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