『あるいは修羅の十億年』 古川日出男著

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あるいは修羅の十億年

『あるいは修羅の十億年』

著者
古川 日出男 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087716573
発売日
2016/03/04
価格
2,376円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『あるいは修羅の十億年』 古川日出男著

[レビュアー] 安藤宏(国文学者・東京大教授)

破壊と再生のドラマ

 震災から五年、放射能やテロへの恐怖を出発点にした、壮大なSF大作である。

 舞台はオリンピックを終えたあと、スラム化しつつある2026年の東京。物語は若き競馬騎手ヤソウと心臓病の少女ウランとの恋愛を中心に展開する。ヤソウは放射能汚染のために隔離された被災地、「島」からやって来た少年で、従姉(いとこ)のサイコもやはり同じ「島」から、東京の鷺(さぎ)ノ宮(みや)を電子媒体によって遠隔操作している。彼女の書く小説は「死」から「生」への再生をテーマにしているが、その試みはナショナリズムやテロに利用される危険と常に隣り合わせだ。

 一方、ウランは鯨のイメージを借りて、東京に太古の記憶をよみがえらせるアート・プロジェクトを実践している。メキシコ人のアーティストの協力をあおぐその内容は不思議なグローバリズムに満ちている。テロや放射能によって荒廃し、流動化と拡散を繰り返す現代の大都市……。その中でなお共有しうる“物語”ははたして可能なのか――。二人の少女の創作活動にはこうした問いが託されているわけである。

 読んでいく上で注目すべきは、再生と破壊の両義を担う「茸(きのこ)」、太古の記憶に通じる「鯨」、移動を表象する「馬」という、三つのイメージだろう。放射能汚染、震災の記憶、デジタル化、家族の崩壊、テロの恐怖などなど、現代の殺伐とした状況の中で科学と芸術が手を結び、世界を再生し、救済していく可能性が模索されている。

 全体は三十五の独立した挿話からなり、筋をたどるのは決して容易ではない。これもまた、物語の成り立ちがたい現代の“混沌(こんとん)”を、安易な因果関係に回収してしまうことを忌避するがゆえの構成か。結末で、それまで別の次元にあったはずのプロットが一気に収束していく様相は圧巻だ。“選ばれた読者”は、三十五個の堰(せき)をきって奔出していく、気宇壮大な想像力のドラマに圧倒されるにちがいない。

 ◇ふるかわ・ひでお=1966年、福島県生まれ。作家。著書に『LOVE』『女たち三百人の裏切りの書』など。

 集英社 2200円

読売新聞
2016年4月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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