『怪物的思考 近代思想の転覆者ディドロ』 田口卓臣著

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怪物的思考 近代思想の転覆者ディドロ

『怪物的思考 近代思想の転覆者ディドロ』

著者
田口 卓臣 [著]
出版社
講談社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784062586221
発売日
2016/03/11
価格
1,782円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『怪物的思考 近代思想の転覆者ディドロ』 田口卓臣著

[レビュアー] 納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

「逸脱」に可能性見る

 人類の思想はこう発展してきた、その流れを示すとされる思想史。そこでは、18世紀のフランスで「啓蒙(けいもう)思想」が展開され、人間の理性への信頼が頂点に達したとされる。そのチャンピオンが『百科全書』の編者ドニ・ディドロである。だがこの位置づけは正しいのか。著者はディドロの初期著作『自然の解明に関する断想』の言葉を読み解き、彼の思考を追体験しながら固定的通説を覆す。

 啓蒙とは、人間が科学によって自然を統御し支配できるとする立場である。だが、自然は法則的な思考に汲(く)み尽くされることはなく、常にそこから逸脱する。過剰、偏差、想定を越えるものの出現。それらを想像し、利用するディドロの言葉は、人間の視点の限界を示すゲリラ的な挑発となる。言葉は世界と一致するものではない。この事柄を顕(あら)わにすべく、語りは再録、補遺、寄生、混交と実験を重ねていく。

 標題にある「怪物」は、通常は逸脱として排除の対象となる。だが、ディドロはそこに主要な関心を向ける。怪物はたんに無視されるべき異物ではなく、全体が現れる際の必然的余剰であり、新たなものの生成なのである。正常と奇形の区別を無効にする微細なものへの眼差(まなざ)し、そこに思想の可能性がある。

 アドルノは「アウシュヴィッツ」という人間性破壊の極限に向き合い、理性や啓蒙の限界を論じた。私たちも今、科学技術が極度に発達した社会と生き方において様々な矛盾や限界に直面している。地球規模の気候変動や災害、原子力の利用、生命操作、心のケアといった問題に挑む新たな思考法が、見過ごされた過去に探られる。思想史の可能性が試されている。

 追記……著者はディドロの思考がアドルノとホルクハイマーやフーコーらの現代哲学に近いと結論づけている。だが、本物の怪物的思考なら現代思想など軽々と転覆させていくことであろう。その先へと越え出る怪物の出現が期待される。

 ◇たぐち・たくみ=1973年、横浜生まれ。宇都宮大准教授。著書に『ディドロ 限界の思考』など。

 講談社選書メチエ 1650円

読売新聞
2016年4月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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