『私を通りすぎたスパイたち』 佐々淳行著

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私を通りすぎたスパイたち

『私を通りすぎたスパイたち』

著者
佐々 淳行 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784163904276
発売日
2016/03/25
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『私を通りすぎたスパイたち』 佐々淳行著

[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞社特別編集委員)

裏街道の世界の実相

 「欺(だま)し合い」「非情」「闇夜の裏街道」……。「007シリーズ」のジェームズ・ボンドの華麗さとは無縁のように、地道で厳しい忍耐が強いられるスパイ摘発。表に出ることのない世界の実相を明らかにし、インテリジェンス(情報・諜報(ちょうほう))を一元化する中央情報局の創設を主張してやまない憂国の書である。

 この道のエキスパート佐々淳行はそもそもスパイとは因縁が深い。朝日新聞記者の父がゾルゲ事件で関与を疑われ、小学6年生の著者は“証拠隠滅”を手伝っている。警察庁に入ってからは、アメリカでスパイ・キャッチャーの訓練を受け、東芝機械のココム違反事件など多くの事件にかかわっていく。

 インテリジェンス活動には徒労の日常が待っている。ある日の黄昏(たそがれ)時ソ連大使館の館員をスパイ・キャッチャーが尾行したら、芝公園の灌木(かんぼく)の茂みにそっと包みを隠した。取りに来るスパイを捕まえようと3交代24時間態勢で張りこんだ。

 ところが2晩たっても誰も来る気配がない。包みを開けてみた。なんとウォッカの空き瓶だった。禁止されているウォッカを隠れて飲み、そうっと捨てにきたのだろう。

 カンボジアからいつも驚くような報告を送ってくる若い外交官がいた。シアヌーク国王の何番目かの愛人との「ピロートーク」(寝物語)で情報を取っていたのだ。

 「家庭不和に陥らない範囲、個人の裁量と才覚の範囲で、外交術のひとつとして行うことは許容されるのである」

 国家の命運がかかっている任務の重さを考えたとき、自ら望まないことでも、あえてやらなければならない辛(つら)さの表現、と私は解釈した。

 のちに日銀理事になる緒方四十郎さん(緒方貞子さんの夫)に事あるごとに言われた言葉を、愛情あふれる小言だったと記している。「派手に動き回るな」「目立ちすぎるな」「静かにしておれ」。後輩をよく知る先輩とはありがたいものである。

 ◇さっさ・あつゆき=1930年、東京生まれ。連合赤軍あさま山荘事件などで危機管理の現場に携わった。

 文芸春秋 1500円

読売新聞
2016年4月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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