『日常と不在を見つめて』
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日常と不在を見つめて 佐藤真ほか 著
[レビュアー] 小野民樹(書籍編集者)
◆撮る意味 突き詰める
映画にとって政治の季節が終わった一九九○年代はじめ、佐藤真はドキュメンタリーの第一作「阿賀に生きる」をひっさげて登場した。新潟水俣病の未認定患者のお爺(じい)さんお婆(ばあ)さんの、生きる呪いとささやかな喜びが息づく新鮮な映像に、観客はキャメラの介在を忘れた。
日常の中で人間そのものを撮る。それは佐藤の原点であり、映画を超えた思想の問題となった。阿賀野川畔の合宿撮影三年間の青春の日々をどう理論化し、新しい映像を創りだすか。浩瀚(こうかん)なドキュメンタリー論を著し、「言語表現をこえた一瞥(いちべつ)の力」を模索して、なぜ撮るのか、何を撮るのかを、自他に問い続けた。
早すぎた晩年に佐藤の眼は「日常」から「不在」、被写体の背後に広がる写らない世界までを表現することへと深化していく。その途上での「エドワード・サイードOUT OF PLACE」が遺作となった。二○○七年自死、享年四十九。
本書は、日常、生活、芸術、写真、ドキュメンタリーなどのテーマに沿って佐藤本人の文章と、作品スタッフ、写真家、評論家や映画作家のエッセイ、娘の描く父親像と教え子の佐藤先生観などをもとに、卒論で佐藤真論を書き、一人出版社里山社を立ち上げた編集者が企画構成した。世界に広がる空洞化の深淵(しんえん)を見極めようとして力尽きた思想家・映画監督の全体像に迫る読みごたえ十分の一冊である。
(里山社・3780円)
<さとう・まこと> 1957~2007年。映画監督。著書『ドキュメンタリーの修辞学』。
◆もう1冊
E・バーナウ著『ドキュメンタリー映画史』(安原和見訳・筑摩書房)。世界の映画作家や作品でたどる約百年の通史。