『映画と移民』 板倉史明著

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映画と移民

『映画と移民』

著者
板倉 史明 [著]
出版社
新曜社
ジャンル
芸術・生活/演劇・映画
ISBN
9784788514720
発売日
2016/03/31
価格
3,780円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『映画と移民』 板倉史明著

[レビュアー] 村田晃嗣(国際政治学者・同志社大教授)

学際的、越境的な試み

 学際的、越境的とはこのことであろう。本書はエスニック研究と日本学、映画学を融合させる試みである。1910年代から日米開戦まで、日本からの移民たちはアメリカで日本の映画とどのように向き合ったのか――これは、国民国家の枠組みに固執しては見えてこないテーマである。初期の映画は移民たちをアメリカに同化させる機能を果たしたと、長らく語られてきた。しかし、移民たちは一方でアメリカへの同化を図り、他方で祖国から輸入された映画を通じて別のアイデンティティを培ったという。ナショナル・アイデンティティとエスニック・アイデンティティの葛藤である。これは日本人にかぎらず、イタリア人やユダヤ人にも該当する。

 20年代になると、日本映画の興行は日系社会での閉じた娯楽となり、エスニック経済に貢献した。また、日本映画の上映は、二世に「日本精神」や「日本文化」を教育する効果もあった。外国人との「雑婚」を戒める動きもあった。やがて日米開戦を迎えると、アメリカ政府は日本映画を接収し、敵性国の研究や教育に資することになった。この研究・教育から戦後を代表する日本研究者も育った。接収された貴重なフィルムは60年代に日本へ返還される。移民とともにフィルムも、数奇な運命を辿(たど)ったのである。

 日系移民たちは日本映画を楽しんだだけではない。自ら記録映画や劇映画も制作したのである。それらを伴って故国に錦を飾ろうとする動きもあったが、トーキーの時代になって、二世の日本語は拙く実現しなかった。日系移民たちはアメリカ社会での「人種形成」のヒエラルキーの中にいたが、植民地を擁する帝国・日本の人種や方言などのヒエラルキーをも強く意識していたのである。

 テーマがやや多岐にわたるが、写真も豊富に掲載されており、当時の日系移民社会の様子が伝わってくる。映画を通じて移民をみつめる、著者の冷静かつ情熱的な複眼の産物である。

 ◇いたくら・ふみあき=1974年、熊本市生まれ。神戸大准教授、専門は映画学。

 新曜社 3500円

読売新聞
2016年5月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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