『宮本常一と土佐源氏の真実』 井出幸男著

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宮本常一と土佐源氏の真実

『宮本常一と土佐源氏の真実』

著者
井出 幸男 [著]
出版社
梟社;新泉社
ISBN
9784787763310
価格
2,700円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『宮本常一と土佐源氏の真実』 井出幸男著

[レビュアー] 清水克行(日本史学者・明治大教授)

「創作」の事情明らかに

 土佐の山奥に住む「乞食(こじき)」の老人が語る女性遍歴を、話者の語り口そのままに再現した異色のルポ「土佐源氏」。言わずと知れた、民俗学者・宮本常一(1907~81年)の代表作にして「最良の文献民俗資料」とされる作品である(岩波文庫『忘れられた日本人』所収)。そこで語られる老人の性愛遍歴は、野卑で赤裸々な前近代の庶民の“性”そのもので、それを独特の哀愁とともに再現してみせた宮本の天賦の才能は、もはや斯界(しかい)で神話化している。

 ところが、今から15年ほど前、その宮本が「土佐源氏」の発表以前に地下出版していた官能小説「土佐乞食のいろざんげ」が発見される。宮本の「土佐源氏」は、実は彼が密(ひそ)かに書いていた官能小説から猥褻(わいせつ)性の高い記述を除いて、民俗誌風に再構成したものだったのである。

 これまでも「土佐源氏」は宮本の創作ではないかという声は幾度か上がっていた。しかし、宮本自身が生前、それを強く否定していたことから、その声はかき消されてきた。著者は、その「原作」の発見者であり、最初の紹介者。著者はさらに高知県檮原(ゆすはら)町に住む「土佐源氏」のモデルとされる人物の遺族にも取材を試み、作中の「乞食」が年齢、職業いずれも実在のモデルとは異なることを明らかにした。また、彼の語る方言が土佐弁ではなく、宮本の郷里の山口弁であること、宮本自身が語る執筆経緯に少なからぬ矛盾点があることなども次々と指摘する。

 こうした追究は、ともすると著名人の化けの皮を剥いで貶(おとし)める週刊誌のゴシップ記事にも似て、醜悪なものになりかねない。しかし、本書の優れている点は、若き日の宮本の文学と性愛への思慕を共感とともに丹念に洗い出し、彼が「土佐源氏」を創作せざるをえなかった事情を明らかにしたところだろう。「土佐源氏」の「乞食」は宮本自身だったのではないか、という本書の結論は、読後、違和感なく受け入れることができた。

 ◇いで・ゆきお=1945年生まれ。高知大名誉教授。専門は日本歌謡史など。著書に『中世歌謡の史的研究』など。

 梟社 2500円

読売新聞
2016年5月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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