『マナス』 アルフレート・デーブリーン著

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マナス

『マナス』

著者
アルフレート・デーブリーン [著]/岸本 雅之 [訳]
出版社
白水社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784560099087
発売日
2016/03/10
価格
3,672円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『マナス』 アルフレート・デーブリーン著

[レビュアー] 出口治明(ライフネット生命保険会長)

現代に甦る叙事詩

 僕たちは、叙事詩をすっかり忘れてしまったのではないか。ギルガメシュ、イーリアス、シャー・ナーメなどに満ちあふれていた懐かしい英雄たちの雄叫(おたけ)びは消えて久しくなってしまった。ユダヤ人で第2次世界大戦以前のドイツのベストセラー作家であったデーブリーンは、インドを舞台に生と死、人間と神々を対峙(たいじ)させ、叙事詩を見事に甦(よみがえ)らせた。

 第一部、亡者が原。ウダイプルの王子マナスは敵を打ち破り都に凱旋(がいせん)するが、戦場での恐るべき死の光景がマナスを苛(さいな)む。苦痛を望み幽冥界への旅立ちに憑(つ)かれたマナスは大師プトと亡者が原へ向かう。そこは悲惨な亡霊たちの棲(す)み家だった。ダヌとダクシャの悲しい恋、哀れな羊飼いの少年、この辺りは『神曲』を思い起こさせる。ダンテもウェルギリウスに導かれて地獄に向かい、パオロとフランチェスカに出会ったのだ。シヴァ神配下の三悪鬼との闘争の末、マナスは死を迎える。

 第二部、サーヴィトリー。マナスの死を信じない愛妻サーヴィトリーはたった一人で夫を探す流浪の旅に出る。降りかかる艱難(かんなん)辛苦も彼女の意志をくじくことはできない。亡者が原を抜けてカイラース山のシヴァ神に迎えられたサーヴィトリーの愛がマナスを復活させる。

 第三部、マナスの帰還。巨人となったマナスは大コウモリに変身した三悪鬼に乗って人間の世界に戻る。マナスの前にシヴァ神が立ちはだかる。マナスは屈従の代わりに戦いを挑む。シヴァ神の大蛇に絞殺されそうになったマナスは内なる自己を通して世界に呼びかける。すると世界が、全自然が立ち上がってシヴァ神に向かいマナスは消滅を免れる。

 デーブリーンの言葉は擬声語を巧みに使い躍動的で力強く、乾いたユーモアに満ちている。その典型がマナスに付きまとう三悪鬼の描写だ。不遇のうちに世を去った偉大な作家だが、短編集『たんぽぽ殺し』(河出書房新社)も同時期に刊行された。読み直す好機だろう。岸本雅之訳。

 ◇Alfred Doblin=1878~1957年。ドイツの作家。著書に『ベルリン・アレクサンダー広場』など。

 白水社 3400円

読売新聞
2016年5月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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