庶民の側から見た昭和の歴史3冊

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  • B面昭和史 1926-1945
  • 体操の日本近代
  • 〈少年〉と〈青年〉の近代日本

書籍情報:版元ドットコム

庶民の側から見た昭和の歴史3冊

[レビュアー] 牧原出(政治学者・東京大教授)

社会史に少年の成長重ね

 昨年は戦後70年という歴史の節目。昭和史に関する本の刊行が続いている。中でも『B面昭和史』は出色だ。この分野で多数の本を手がけた半藤一利氏だが、すでに『昭和史』を執筆している。ペリー来航と日露戦争から始まるこちらは、戦争の歴史として戦前をとらえた。だが庶民から見れば、それは表の話、針を落として聞くレコードにたとえれば「A面」である。「B面」という、したたかに生き抜くもう一つの世界があった。

 東京日日新聞が新元号を「光文」だとする誤報を出し、社内があわてふためいたという一件から昭和は始まる。作家の手記、流行歌、映画、スポーツ、娯楽施設など往時の雰囲気が活写される。

 もっとも時代は戦争に向かって進んでいく。半藤氏は、ふと世界情勢や政界情報へと筆を滑らせる。おっと気づいてまた庶民へ。「A面」から「B面」へとレコードをひっくり返すように話題を転ずる。絶妙な呼吸で峻厳(しゅんげん)な政治的決定の場と、苦楽ないまぜの日々の生活とを往来する。

 多様な庶民の生活を見渡すとすれば、筆の運びは活(い)きのよさ次第。とっておきの主題こそ、昭和5年に生まれた著者自身の記憶だ。「川向こうの悪ガキ」は、「国民学校生」になり、「イガ栗頭」、末尾では「中学校生」へと成長する。悪戯(いたずら)を繰り返す少年時代にも戦争の影が忍び寄る。息子の悪行を叱るのは父親で「とてつもない大声」で一喝する。勤労動員されたとの話を聞くと、「中学校にせっかく入れてやったのに、工員になったのか」。東条英機内閣総辞職の頃、ヒトラー暗殺未遂の報を聞いて、「あっちでもこっちでも独裁者倒れるの日だなあ」。反骨精神もまた庶民の曇りなき視線である。

 こうして「B面」を少年の成長を軸に読むと、その生活基盤の周辺も知りたくなる。佐々木浩雄氏の『体操の日本近代』は、昭和に入り、ラジオ放送とともに普及したラジオ体操が、社会のありとあらゆる場で「集団体操」へと広がる過程を描く。明治期の体操は苦痛を伴う動作にすぎなかったが、音楽伴奏と快活な号令を取り入れると、皆で楽しく手軽に運動することができる。それが国民体操、産業体操、国鉄体操など、より大規模なイベントとなり、身体の総動員が始まる。数々の図版を見ると、アジア的専制ともいうべきか、隣国のマスゲームさながらの体操が行われていたことに驚く。半藤少年にとり、最初のラジオ放送の記憶はラジオ体操だった。だが戦時下では、痛切な身体運動は軍事教練になるのである。

 また「悪ガキ」だった半藤少年も終戦近くなると大人びてくる。田嶋一氏の『〈少年〉と〈青年〉の近代日本』によれば、近代以降、修養と教養を通じた人格向上を目指す「青年」が若者一般と区別された。それをさらに若年に投影することによって「少年」という年代層が定着した。

 高等教育を受けられない人々は、本や雑誌、講演を通じて修養という人生訓を内面化しようとした。片やエリートは、教養により人間性を高めようとする。岐路を前にして、少年たちも中学校に進学できるかどうかを気にし始める。山本有三の『路傍の石』の世界である。だが戦局の悪化により、教育課程そのものが崩壊する。戦後の六・三制の教育改革の中で、「少年少女」は新しく自己形成を始める。

 『B面昭和史』では、戦局が悪化すると、ただただ言葉が踊る。「欲しがりません勝つまでは」「撃ちてし止まむ」など、標語の飛び交う庶民生活だった。平和な時代には、カフェや球場など特定の場所が記憶のよすがであったのと対照的である。敗戦までの過程を、少年の成長過程に重ね合わせる。やるせなさに入り交じるかすかな希望。戦後はそこから始まったのだ。

 ◇はんどう・かずとし=1930年、東京生まれ。著書に『幕末史』など。

 ◇ささき・ひろお=1975年生まれ。龍谷大准教授。

 ◇たじま・はじめ=1947年、埼玉県生まれ。国学院大教授。

 

 まきはら・いづる 1967年生まれ。東京大教授。政治学者。著書に『権力移行』など。2003年、『内閣政治と「大蔵省支配」』でサントリー学芸賞。

読売新聞
2016年5月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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