中江有里「私が選んだベスト5」

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中江有里「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 中江有里(女優・作家)

 加藤元『蛇(じゃ)の道行(みちゆき)』は戦後復興期を舞台に親のない少年と若き未亡人が描かれる。謎の多い二人の素性を暴こうとする人間が幾人もあらわれるが、中でもトモ代のキャラクターは強烈だ。彼女の強欲さはすさまじく、「この世では盗まれた方が負け」と言って憚らない。常識も正義も壊れてしまった時代で、たった一つの絆が人をこれほどに強くする。圧倒的な読後感に浸った。

『怒り』の映画化で話題の吉田修一の新刊『橋を渡る』は読み終えてしばらく頭から離れなかった。会社員・明良、都議会議員の妻・篤子、テレビ局の報道ディレクター・謙一郎、三人それぞれを描く章には現実の事件や報道が差し込まれる。セクハラヤジ問題、新聞の誤報、ノーベル平和賞、香港のデモ……小説と現実が混じり合った世界に浸る。最後の章は前章から七十年後の二〇八五年。人間と「サイン」と呼ばれる存在が共生する時代に少々戸惑いながら、この未来図をどう受け止めればいいのかを今も考えている。

 西條奈加『九十九藤(つづらふじ)』は現在の人材派遣業と言える口入屋が舞台。差配を任されたお藤は「商いは人で決まる」という信念のもと、奉公人を指導する。どんな時代にも通用する商売はないだろうが、人がいなければ商売は成り立たない。

 石井妙子『原節子の真実』は伝説の女優の知られざる姿を丹念に追った評伝。映画界を去ってから長く沈黙を保った原節子には多くの神話が生まれた。その謎を解き明かしながら彼女の人となり、戦中戦後の映画界の変化を知ることが出来る。カバー写真の原の表情がなんともいい。

『中島らも短篇小説コレクション 美しい手』の未発表作品「“青”を売るお店」には、「青春」を買っていく少年が登場する。勝手な想像だが、売ったのも買ったのも著者のように思えて仕方がない。

新潮社 週刊新潮
2016年5月5・12日ゴールデンウイーク特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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