縄田一男「私が選んだベスト5」

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  • 眩
  • 髪結い伊三次捕物余話 擬宝珠のある橋
  • カナリア恋唄 お狂言師歌吉うきよ暦
  • 敵中の人 評伝・小島政二郎
  • 貴婦人として死す

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縄田一男「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 レンブラントの「夜警」と見紛うばかりの葛飾応為の「吉原格子先之図」をあしらったカバー。『眩(くらら)』のような内容、装幀、そして惹句までもが完璧な小説をどう批評すれば良いというのだろうか。

 気がはやいと言われそうだが、本書が本年度の最も重要な作品の一つであることは、まず間違いないだろうと思われる。朝井まかて恐るべし。

『髪結い伊三次捕物余話 擬宝珠のある橋』と、『カナリア恋唄 お狂言師歌吉うきよ暦』は、共にシリーズの最終作にして遺作である。

 昨年、私たちは二月に火坂雅志を、十一月に宇江佐真理を喪い、もうあるまいと思いきや、十二月に杉本章子が急逝した。まるで打ちのめされたような気分だった。

 前者は、作者が亡くなった後、宙に浮いてしまった三つの短篇と、唯一、文庫書き下ろしで刊行されていた長篇「月は誰のもの」を合わせて一巻にしたもの。最終話に漂う静かな無常観は、まるで作者晩年の心境を思わせる。

 後者は、ページを繰る毎に、命を削って書くとは正にこういうことかと、思わず涙が出そうになる。大奥の女同士の色模様“といちはいち組”に絡む偽装自殺と、歌吉と新吾の恋の行方は――。もうあの郷愁あふれる江戸を味わうことはできない。

 世に小説名人と言われながら、あたかもブラックホールにでも陥ったかのように、評価が忘れ去られてしまっている作家がいる。『敵中の人 評伝・小島政二郎』は、その空白を埋める唯一無二の大作。本書の労作ぶりには頭が下がるばかりだ。

 昨今、C・ディクスン(J・D・カー)作品の文庫化に余念のない東京創元社だが、『貴婦人として死す』とは、なかなかにシブいところを選びましたなあ。

新潮社 週刊新潮
2016年5月5・12日ゴールデンウイーク特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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