「いじめ自殺」の常識を問い直す

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モンスターマザー

『モンスターマザー』

著者
福田 ますみ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103036739
発売日
2016/02/18
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

「いじめ自殺」の常識を問い直す

[レビュアー] 内田良(名古屋大学大学院教育発達科学研究科准教授)

 衝撃的な一冊だった。「中高生の自殺=いじめが原因」という私たちの先入観に鋭く切り込む労作である。作者は、福田ますみ氏。『でっちあげ―福岡「殺人教師」事件の真相―』(第6回新潮ドキュメント賞受賞)でも知られるノンフィクション作家である。

 本書は、「丸子実業高校『いじめ自殺事件』」として語られてきた事案を、丹念な取材によってまったく新たな角度から問い直した作品である。事件は、2005年12月にさかのぼる。長野県立丸子実業高校1年の高山裕太さんが、自宅自室で首をつりみずから命を絶った。本事案では自死以前から、裕太さんへの対応をめぐって、学校と母親との間に意見の相違が生じていた。そして裕太さんの自死という最悪の事態を経て、学校と母親との対立は複数の訴訟に発展していく。

 本書を特徴づけるのは、私たちが想起する「いじめ自殺」とはまるで異なる視点からのアプローチである。「モンスターマザー」というタイトルにあらわれているように、本書が焦点化するのは、被害者としての遺族ではなく、加害者としての遺族である。読者のなかには、息子を亡くした母親を「モンスター」と呼ぶことに、大きな抵抗感をもつ人もいることだろう。私自身も、少しばかり抵抗を直感した。だが本書は、「自殺=いじめが原因」を一方的に連想させてしまうこの世の中において、どうしてもいま必要な書である。親こそが問題であるという答えを得るためでもなく、また学校が諸悪の根源であるという答えを得るためでもなく、私たちが物事を多角的に見るための、開眼の書として高く評価すべきことをまずもって強調したい。

 本書では、学校関係者の視点を軸にして、裕太さんが高校に入ってから自死に至るまでの経過と、その後に乱立した訴訟合戦について、章を追って説明が展開されている。「第1章 家出」と「第2章 不登校」では、生前の裕太さんの2度にわたる家出とその後の不登校について、学校と母親とのやりとりが描かれている。2度目の家出とそれに続く不登校において、母親は担任や部活動顧問、校長らの学校関係者を非難・罵倒していく。その過程で顕在化してきたのが、バレー部の先輩が裕太さんの物まねをしたりハンガーで頭を叩いたりしたという「いじめ」である。これが後に「いじめ自殺」の理由としてクローズアップされていくことになる。

「第3章 悲報」には、裕太さんの自殺直後、マスコミによる校長バッシングが起きたことが記されている。だがすでに、学校側から見た母親のパーソナリティの大部分が描き出されている。裕太さんを支配し、学校関係者に罵詈雑言を浴びせる攻撃的存在として、である。そのような母親像を前提にすると、当時のマスコミが依拠した「母親=被害家族」「学校=加害者」という構図はどうにも理解が難しくなる。

「第4章 最後通牒」から「第9章 懲戒」では、裕太さんの自死以降における訴訟合戦の過程が明らかにされている。とりわけ校長が殺人罪で母親側から告訴されるという事態は、衝撃的だ。告訴状によると自死3日前に裕太さんと母親と学校関係者でもった話し合いのなかで、裕太さんに登校圧力がかかりそれが裕太さんに絶望と不安をもたらし、自死に追いやったとのことである。しかしその話し合いの場には母親も同席しており、その意味では同席した関係者全員が自死にかかわっているとも言える。いずれにせよ、校長への殺人罪の適用には諸々の点で無理や矛盾があり、実際に校長は起訴されることはなかった。最終的には告訴した弁護士自身が所属する東京弁護士会により戒告処分を受け、日本弁護士連合会に不服を申し立てるも棄却される。そして民事訴訟においては、バレー部の先輩が裕太さんの頭をハンガーで叩いたことについて1万円の支払い命令が下されたものの、自殺との因果関係は否定される結果となった。

 子どもは学校で苦しむこともあれば、家庭で苦しむこともある。学校内の人間関係がときに陰湿で過酷であるのと同様に、家庭内の状況もまた不可視的で残酷である。私たち第三者はまずもって、中高生の自殺をめぐっては、学校も家庭も同列に扱わなければならない。さらに言えば、それはけっして学校 vs.家庭という問題提起ではない。自死に至る過程で生徒は学校でも家庭でももがき苦しむことだってある。私たち第三者は一人の人間がどのように苦しみ、またどこで救われていくのか、その事実を丹念に追いながら、自死を防ぐためのセーフティーネットの構築に進んでいかなければならない。そのために本書がはたす役割は、大きい。

新潮社 波
2016年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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