『日本語を作った男 上田万年とその時代』 山口謠司著

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日本語を作った男 上田万年とその時代

『日本語を作った男 上田万年とその時代』

著者
山口 謠司 [著]
出版社
集英社インターナショナル
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784797672619
発売日
2016/02/26
価格
2,484円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『日本語を作った男 上田万年とその時代』 山口謠司著

[レビュアー] 松山巖(評論家・作家)

言葉めぐる難問と実践

 私たちは標準語での話し方と新仮名遣いの書き方を小学生のときから国語の授業で学ぶ。

 だが、明治維新直後は標準語もなければ、言葉を表記する仮名遣いも統一されず、人々は生まれ育った土地の言葉とアクセント、つまり方言で話し、しかも江戸時代の名残りで身分、つまり士族と農民、職人と商人では使う言葉も違っていた。更に例えば「言う」という言葉も「言ふ」と書くように日本語は混乱していた。

 この混乱は富国強兵を目指す明治政府にとり、大きな障害となった。例えば学校や軍隊で言葉が異なれば統率は執れない。そのため日本語の統一は明治政府の急務だった。この問題は一朝一夕で解決されないが、その途(みち)を切り拓(ひら)いたのが、ドイツ・フランスに留学し、博言学(現代の言語学)を学んだ上田万年であった。

 本書はこの上田の評伝なのだが、彼自身は裏方に徹するような性格で面白味がない。そこで著者は実にユニークな方法を考えた。上田が生きた時代の日本語の状況を多方面から探り、彼がどのような難問に直面し、その解決策を考え、実践していったかを明らかにするのである。

 例えば、一八六七年に生まれた上田が子どもの頃の話し言葉の状況、少年時の教育制度の事情、青年時の軍隊の実情、或(ある)いは漢字を止(や)め、カナやローマ字に統一しろといった意見の頻発、文学者による話し言葉と書き言葉を一致させる言文一致の試み、教科書の国定化にまつわる経緯などを新聞記事や論文、落語や流行歌まで引用して浮き彫りにする。唱歌が言文一致を先導したという著者ならではの指摘もある。

 だから本書は評伝を越え、明治大正の人々が何を考え、求めていたかが実によくわかる。

 では上田の大望の行方は? 著者は上田の次女、作家円地文子が自身の全集を新字体・新仮名での表記を指示し、一九三七年に没した上田の夢は戦後になり、娘によって完成したと記し、読者を強く共感させて本書を締め括(くく)る。

 ◇やまぐち・ようじ=1963年、長崎県生まれ。大東文化大准教授。専門は中国および日本の文献学。

 集英社インターナショナル 2300円

読売新聞
2016年5月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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