『武満徹・音楽創造への旅』 立花隆著

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武満徹・音楽創造への旅

『武満徹・音楽創造への旅』

著者
立花 隆 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784163904092
発売日
2016/02/20
価格
4,320円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『武満徹・音楽創造への旅』 立花隆著

[レビュアー] 岡ノ谷一夫(生物心理学者・東京大教授)

挑戦続けるのが芸術

 武満徹とは一度だけ会ったことがある。1981年のことだ。山下和仁というギタリストが上野の小ホールで「展覧会の絵」をギター1本で演奏した。その帰途、不忍口で切符を買っていたら隣に武満がいた。「武満さん」と声をかけると、「こんばんは」と答えてくれた。面識があったわけではない。気さくな人だと思った。

 武満は1930年生まれ。満州で育ち、小学校入学のため東京・本郷の伯父の家に寄宿する。敗戦直前に勤労動員された飯能の山奥の陸軍食糧基地で、見習士官がレコードをかけたリュシェンヌ・ボワイエの「聴かせてよ愛の言葉を」に世界の全体を感じ、音楽の道を志した。

 戦後は「本物」を嗅ぎ出す直感力と人懷っこさで、現代芸術の中心にいる人々と交流を持つ。特に瀧口修造が指導した「実験工房」は、芸術の枠を超えた道場だった。武満は行動規範として「瀧口に対して恥ずかしくないか」を常に考えたという。一方、周囲の人は武満に「放っとけない危なっかしさ」を感じていた。浅香夫人は「看護婦になるつもりで結婚した」と言う。

 その後、ジョン・ケージに会った衝撃を代表作の「ノヴェンバー・ステップス」に昇華する。管弦楽の中に琵琶と尺八を配し、楽音とその否定、平均律とその否定、西洋とその否定を1曲に具現したこの作品は、芸術とは常に挑戦を続けることだと訴える。厳しい音楽を作る一方で、「小さな空」など親しみやすい歌も残す。石川セリが歌う1枚が入門用におすすめである。

 本書は100時間を超えるインタビューに基づき、781ページ、上下2段組という圧倒的な量をもって、武満徹の人生のほとんどを描いた。さらに言えば、本書は、立花が自身の人生では時間を配分できなかった現代芸術への憧れを、武満を通して生き直そうとした作品なのであろう。そう考えると、連載終了後18年目、武満没後20年目にして本書を世に問う意義が理解できると同時に、少し切なくなる。

 ◇たちばな・たかし=1940年、長崎県生まれ。評論家、ジャーナリスト。著書に『田中角栄研究全記録』など。

 文芸春秋 4000円

読売新聞
2016年5月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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