『ドイツ軍事史 その虚像と実像』 大木毅著

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ドイツ軍事史

『ドイツ軍事史』

著者
大木毅 [著]
出版社
作品社
ジャンル
歴史・地理/歴史総記
ISBN
9784861825743
発売日
2016/03/18
価格
3,024円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『ドイツ軍事史 その虚像と実像』 大木毅著

[レビュアー] 出口治明(ライフネット生命保険会長)

具体的数字で定説覆す

 ドイツ陸軍に関する定説が次々と否定される。だが、著者が述べることは「現在の常識にすぎない」。本書が指摘するのは、日本におけるドイツ軍事史理解が遅れているという事実であり、その不幸な溝を埋めるために本書は書かれたのだ。この言やよし。内容も明解極まりない。

 第一次世界大戦でロシア軍を撃破したタンネンベルク殲滅(せんめつ)戦。ヒンデンブルクとルーデンドルフの令名が鳴り響いたが、実際に作戦を構想したのはホフマン中佐だった。二正面戦争に直面したドイツが、まずフランスを叩(たた)き、返す刀でロシアに向かおうとしたシュリーフェン・プラン。参謀総長の小モルトケが改変したので失敗したと言われてきたが、プランの大前提そのものが政治的軍事的な欠陥を内包していたのだ。

 人類史上最大の戦いとなった第二次世界大戦の独ソ戦でも、驚くべき真実が次々と明かされる。開戦後わずか2か月、1941年8月に終了したスモレンスクの戦いがターニングポイントであり、ドイツが頼みとした鋭利な剣(装甲部隊)はロシアの斧(おの)と打ち合って心臓部に致命的な一撃を与える能力を失った。初めからドイツに勝機はなかったのである。

 史上最大の大戦車戦としてつとに名高い43年7月のクルスクの戦い。ドイツ装甲部隊の「白鳥の歌」(末期に奮戦の意)と言われてきたが、実際の戦車の損失数を詳細に調べていくと、クルスクではドイツ軍は健闘しており、むしろそれ以降の苛烈な戦闘の連続によって徐々に消耗していったことが分かる。

 イタリア軍の弱体振りはよく物笑いの種にされる。1900年の英国を100とした38年の各国の工業ポテンシャルはドイツ214、英国181に対してイタリアは46である。装備の劣悪さの割にイタリア軍は健闘したと著者は指摘する。本書の説得力が高いのは、このような具体的な数字・ファクトに立脚しているからではないか。歴史書は、こうありたいものだ。

 ◇おおき・たけし=1961年生まれ。防衛省防衛研究所講師などを経て、著述業。「赤城毅」名義で小説も執筆。

 作品社 2800円

読売新聞
2016年5月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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