「名探偵・御手洗潔」シリーズ50作目は“笑わずにはいられない”バカミスすれすれ!

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屋上の道化たち

『屋上の道化たち』

著者
島田, 荘司, 1948-
出版社
講談社
ISBN
9784062199988
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

「名探偵・御手洗潔」シリーズ50作目は“笑わずにはいられない”バカミスすれすれ!

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

『占星術殺人事件』から35年。最新長編『屋上の道化たち』で、島田荘司の御手洗(みたらい)潔シリーズが50作目に到達した。これは中短編含めての数字で、単行本としては28作目だが、本格ミステリーの最前線でこれだけ長く名探偵の看板を掲げていられるのは驚くべき偉業。週刊文春のオールタイムベスト企画「東西ミステリーベスト100」の2012年版では、第1作の『占星術殺人事件』が前回(1985年)の21位から大幅に順位を上げて、横溝正史『獄門島』、中井英夫『虚無への供物』に続く第3位にランクイン。この6月には、前作(第49作)を玉木宏主演で映画化した『探偵ミタライの事件簿 星籠(せいろ)の海』が公開予定で、御手洗潔の名声は最近ますます高まっている。

 もっとも、このシリーズの特徴は、そうした評価や権威を一顧だにしない天衣無縫ぶり。記念すべき50作目にあたる本書も、島田荘司にしか書けないというか、余人が書いたらクソミソに言われそうな天然もののネタを華麗な包丁さばきで料理する。

 始まりは1990年12月。主な舞台は神奈川県T見市(モデルは横浜市鶴見区か)の京急T見駅近くにあるU銀行T見支店。3階建てのこのビルの2階部分屋上から、女性行員が飛び下りて死亡する。結婚を間近に控えて幸せの絶頂だったはずの彼女に、自殺する理由は見当たらないが、当時、屋上には他に誰もいなかった。彼女はなぜ死んだのか? この不可解な謎にダメ押しするかのように、同じ屋上で、第2、第3の墜死事件が続く。これは超自然現象なのか? 謎を持てあました地元紙の記者が御手洗のもとを訪ねる……。

 題名が示すとおり、事件関係者のほとんどが冴えない道化タイプ。人間くさい哀愁が漂い、中でも、まるでコントみたいに次々に災難に見舞われる人物が鍵を握る。

 名探偵が登場して以降は、ワトスン役の石岡和己が語り手をつとめ、「読者への挑戦」的な文章も挿入されているが、真相は、御手洗自身が「こりゃあもう、笑わずにはいられない」というくらいで、ツッコミどころ満載。というか、ツッコミ待ちのボケがあちこちに用意されているので、「いいかげんにしろ!」とタイミングよくツッコミながら楽しむのが正解。35年前から御手洗潔がバカミスすれすれの大トリックに果敢に挑んできたことを思えば、こういう方向に振り切った作品が書かれるのも必然か。さしずめ、季節はずれのクリスマス・プレゼントのような、サプライズに満ちたミステリーだ。

新潮社 週刊新潮
2016年5月19日菖蒲月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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