『原節子の真実』 石井妙子著

レビュー

6
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原節子の真実

『原節子の真実』

著者
石井 妙子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103400110
発売日
2016/03/28
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『原節子の真実』 石井妙子著

[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)

沈黙と向き合って書く

 昨年の夏のある日のことだ。梅雨の狭間(はざま)の晴れ渡った酷暑の鎌倉に、一人の女性が花束を抱えて立っている。九十五歳の誕生日を迎えるその人が暮らす家の前で、インターフォンを押すかどうかを逡巡(しゅんじゅん)しながら――。

 そんな冒頭の描写を読んだとき、まるで映画のワンシーンのようだと思った。著者は五十年以上にわたって沈黙を貫いたその女優が、今後も決して自ら語ることもなければ、誰かに語られることも望んでいないことを知っている。だが、それでも花束を持ち、自宅を訪れては何度目かの手紙を託そうとする姿に、この本を書かずにはいられなかった思いが凝縮されている。

 十四歳でデビューし、国民的女優として戦前・戦後それぞれの時代を体現した原節子。本書は四十二歳で唐突に銀幕から姿を消して以来、一言も語らぬままこの世を去った彼女の生涯を追った評伝である。

 代表作とされる小津安二郎作品への意外にも厳しい評価、叶(かな)わなかった恋、義兄の映画監督・熊谷久虎との謎めいた関係など、本人以外の全てのピースを埋めようとする取材の丹念さに圧倒された。

 会田昌江という名の少女が、どのようにして国民的女優と呼ばれるようになり、いかなる葛藤の中で自ら「女優・原節子」を葬ったのか。そこに描かれるのは一人の少女の成長の物語であり、常に気高くあろうとした女性のあまりに凛(りん)とした一生である。

 “真実”とタイトルにある。だが、読み終えて胸に抱くのは、それを暴くことばかりが優れたノンフィクションの条件ではない、という裏腹の思いだった。そのことに自覚的な著者には、語られなかったという事実そのものに真正面から向き合ったとき、初めて見えた原節子の真実があったのではないか。恋焦がれ追い求めた人の後姿が遠くに浮かび上がり、次の瞬間には消えている。余韻がじわりと残った。

 ◇いしい・たえこ=1969年、神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。著書に『おそめ』『日本の血脈』など。

 新潮社 1600円

読売新聞
2016年5月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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