『蛇の道行』 加藤元著

レビュー

4
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蛇の道行

『蛇の道行』

著者
加藤 元 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062199261
発売日
2016/03/30
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『蛇の道行』 加藤元著

[レビュアー] 朝井リョウ(作家)

罪、悪、幸せとは何か

 舞台は戦後復興期。満州(現中国東北部)に生まれた少年・立平(りゅうへい)は、幼いころに母を亡くし、さらに敗戦後の引き揚げの途中で父をも亡くしてしまう。日本で生き残った青柳きわは、戦地から負傷して戻った夫を看病の甲斐(かい)なく喪(うしな)う。物語は、この二人と、立平の父の恋人だったトモ代という女性を中心に、戦前、戦中、戦後と様々な時間を行き来しながら進んでいく。

 立平ときわは、親子でも姉弟でも恋人でもない、何とも名付け得ぬ信頼関係で結ばれている。そして、そんな不思議な関係を探ろうと近づく者は、連続して不審な死を遂げる。二人を繋(つな)ぐものは何なのか。頁(ページ)を捲(めく)る手は止まらない。

 立平ときわは、動乱の時代を生き延びるため、様々な決断を下していく。その中には、今の時代、正義だと言われていることに反するものもある。だが、だからといって私たちは、彼らのことを「罪人だ」「悪人だ」と断じることもできない。情緒溢(あふ)れる文章と丁寧な構成、そして物語を彩る一人一人が抱える葛藤が、彼らの道行から目を逸(そ)らさせてくれないのだ。

 物語の中盤、きわが、自身が女将(おかみ)を務める旅館で働く女性に向かって、こう話す場面がある。

 「罪を憎んで、汚れないで生きていける人間は、それだけで運がいい」

 私は、この一文を読んだとき、こちらが見つめていたはずの登場人物全員に、一斉に見つめ返されたような気がした。

 戦後七十年の時を生きる私たちは今、立平やきわのように、正義だと言われていることに反する選択をしなくとも、生きていくことができる。罪を罪として憎むという価値観を、そう思えることは運がいいということにも気づかずに、疑うことなく信じている。最後の場面を読み終えても、立平ときわが抱く哀(かな)しみは途切れることはない。だが、その深い色の哀しみは、いま私たちが見失いかけている幸福を照らし出してくれる光のようにも見えるのだ。

 ◇かとう・げん=1973年、神奈川県生まれ。2009年、「山姫抄」で小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。

 講談社 1600円

読売新聞
2016年5月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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