村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝 栗原康 著
[レビュアー] 川上隆志(専修大教授)
◆行動で閉塞感を突破
安全保障という名の戦争法案、経済停滞と格差拡大、世界的なテロの恐怖、一方政治家や芸能人の不倫には大騒ぎ。この閉塞(へいそく)した世をどう生きればいいのか。
大正時代、そんな閉塞感を打ち破り大胆に鮮烈に生きた女性がいる。伊藤野枝は生き方に決まりはないと、世の慣習や良識にとらわれない自由な生を貫いた。
瓦職人の子として福岡に生まれ、上京し平塚らいてうの青鞜社に入る。そこで貞操論争、堕胎論争、廃娼(はいしょう)論争を繰り広げた。貞操観念を否定し、「娼婦」という生業を認め、生命を愛(いと)おしみ、避妊はいいが堕胎には反対。伝統的家族を否定し、自分の教師だったダダイストの辻潤や自由恋愛を提唱するアナーキストの大杉栄と結婚。大正デモクラシーの風潮の中、大杉と共に旺盛な文筆や過激な労働運動で社会を賑(にぎ)やかす。しかし陸軍に睨(にら)まれ関東大震災の混乱に乗じて扼殺(やくさつ)され、以後日本は暗黒の昭和へと突入する。
著者曰(いわ)く、いま野枝が生きていたらかく言うに違いないと。家の呪縛にとらわれているなら真っ暗な闇へと突っ走れ。好きなだけ本を読みうまいものを食い、性欲を肯定して生きるのだ。無政府は事実だ。貧乏に徹し、わがままに生きろ。はじめに行為ありき、やっちまいな。
社会との軋轢(あつれき)をものともせず、信念に生きる姿は勁(つよ)く逞(たくま)しい。読後に元気が満ちてくる、痛快な評伝だ。
(岩波書店・1944円)
<くりはら・やすし> 1979年生まれ。アナキズム研究家。著書『現代暴力論』など。
◆もう1冊
松下竜一著『ルイズ』(講談社文芸文庫)。大杉栄と伊藤野枝の娘が戦前戦後をどう生きたかを描いたノンフィクション。