昭和史の中の悪の構造をあぶり出す【自著を語る】

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21世紀の戦争論 昭和史から考える

『21世紀の戦争論 昭和史から考える』

著者
半藤 一利 [著]/佐藤 優 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784166610723
発売日
2016/05/20
価格
896円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

昭和史の中の悪の構造をあぶり出す【自著を語る】

[レビュアー] 佐藤優(作家・元外務省主任分析官)

 元号とは〈年につける称号。年号〉(『明鏡国語辞典』大修館書店)のことだ。わが国では、元号について法制化がなされている。この法律は本文二項しかない短いものだが、他国にはない日本の特徴が端的に示されている。

法律第四十三号(昭和五十四[一九七九]年六月十二日)

元号法

1 元号は、政令で定める。

2 元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。

附 則

1 この法律は、公布の日から施行する。

2 昭和の元号は、本則第一項の規定に基づき定められたものとする。

 昭和は、昭和天皇の在位期間である一九二六年(昭和元年)十二月二十五日から、一九八九年(昭和六十四年)一月七日までだ。ただし、昭和元年と昭和六十四年は、いずれも使用期間が七日間だったために、実際の昭和の時間は六十二年と十四日になる。

 昭和という時代が終わってから四半世紀を経た。しかし、意味の上での昭和は未だに終わっていない。さらに意味の上での昭和は、二つに分かれる。昭和の前半は、あの戦争に敗北するまでだ。当時のわが国は、大日本帝国という名称の帝国だった。数年の過渡期はあるが、あの戦争に敗北した後の日本国は、建前の上では、自由、民主主義、市場経済や人権など先進国との基本的価値観を共有する新しい国になった。もっとも、現行の日本国憲法が大日本帝国憲法の改正手続きによって成立していることに象徴的なように、あの戦争の前と後の日本には、明らかな連続性が存在する。

 昭和について考察するということは、日本の連続性と断続性について考えることでもある。私は一九六〇年(昭和三十五年)生まれなので、まさに高度成長時代と成長を共にした。住宅難、公害などの問題はあったが、右肩上がりの時代だったので、昨日より今日、今日より明日は、きっと良くなるという進歩史観の中で育った。さらに、合理主義、個人主義、生命至上主義といった戦後的価値観が皮膚に染みついている。このような戦後的価値観の危機に私が直面したのは、ソ連崩壊前後のモスクワにおいてだった。日本の外交官として、私は一九八七年八月から九五年三月までモスクワの日本大使館に勤務した。そして、史上初の社会主義国が内側から壊れていく過程を目撃した。民族紛争や宗教対立など、現代社会が基本的に解決したとされていた問題が、実はまったく解決されていなかったという現実を知った。さらにソ連崩壊後のロシアでは、マルクスが『資本論』で、「資本の原始的蓄積過程」と名づけた弱肉強食の競争によって、社会主義社会が資本主義社会に変容していく過程を体験した。私は市場原理に委ねればすべての問題を解決することができるというような楽観主義に与することができなくなった。

 現下の日本が抱えている構造的危機に私は既視感がある。政治エリートの疲弊、官僚制の機能不全で崩壊したソ連、新自由主義政策の導入で格差が拡大し、貧困問題が深刻になった新生ロシアの出来事が、少しだけ形を変えて、日本でも生じているように思えてならないのである。

 歴史を振り返ってみると、昭和の前半は危機の時代だった。当時の日本人は危機を克服することに文字通り命懸けで取り組んだ。しかし、その結果、あの戦争が起きた。あの戦争に敗北し、日本は焦土になった。また、歴史上、初めて日本本土が外国軍隊によって占領されるという経験もした。戦後、二、三年で東西冷戦が激化し、日本は西側の一員となった。その結果、負け戦に対する総括が不十分なまま、あの戦争で活躍したエリートが戦後も日本の政治に表と裏の双方で影響を与え続けた。そのために、日本に破滅をもたらした因子が、温存されることになってしまった。

 私は、昭和史研究の第一人者である半藤一利氏にお願いして、昭和史の中に組み込まれている悪の構造を顕在化させることを本書で試みた。七三一部隊、ノモンハン事件、終戦工作、軍事官僚機構などについて、従来とは異なる切り口から語り合うことができたと自負している。日本人は、偉大だ。過去の過ちを繰り返すことはしない。ただし、そのためには過去の出来事を、そのプロセスを含め、虚心坦懐に知ることが重要なのである。

 この対談に応じてくださった半藤一利氏に深く感謝申し上げます。

二〇一六年三月十五日、東京都新宿区にて、

佐藤 優

(「はじめに」より)

文藝春秋 本の話WEB
2016年5月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

文藝春秋

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