『池波正太郎を“江戸地図”で歩く』
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『鬼平犯科帳』『剣客商売』の舞台を歩く、大人の聖地巡礼
[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)
「聖地巡礼」をご存知だろうか。いや、仏教の源流を訪ねてとか、サウジアラビアのメッカを目指すという話ではない。近年、映画やドラマ、漫画やアニメなどの舞台となった場所を訪れ、作品の世界にひたることを楽しむファンが増えた。それが、「聖地巡礼」と呼ばれている。
特にアニメには有名な聖地がいくつもある。『けいおん!』の主人公たちが通う女子高の建物のモデル、滋賀県の豊郷小学校。また、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の舞台である埼玉県秩父市では、秩父神社などのスポットに若い巡礼者が絶えない。
池波正太郎の三大時代小説といえば、『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人』を指す。本書は、古地図(切絵図)と現在の地図とを見比べながら、三作品に描かれた江戸の街を旅しようというものだ。いわば“大人の聖地巡礼”である。
たとえば、『鬼平』といえば本所だ。ここには軍鶏なべ屋「五鉄」がある。食べて飲むだけでなく、チーム鬼平の作戦会議を開いたりもする店だ。二階には鬼平を支える密偵の一人、相模の彦十も起居している。「竪川に架かる二ツ目橋の北詰」がその所在地だが、二ツ目橋は「二之橋」の名称で現在も存在している。
橋から少し南が弥勒寺で、その門前にあるのが茶店「笹や」だ。立ち寄った長谷川平蔵に憎まれ口をたたく、お熊婆さんの姿が目に浮かぶ。そうそう、本所には『剣客商売』の秋山小兵衛の囲碁仲間にして町医者の小川宗哲も住んでいるはずだ。
本書を読んでいくと、一つの場所で四つの風景が重なって見えてくる。作品に描かれた江戸、池波が少年時代に見た戦前、執筆していた戦後、そして現在の東京の風景だ。フィクションである小説だからこそ、よりリアルを求め、実際の街歩きを通じて体感した「場」の空気をも伝えようとした池波正太郎。江戸の街は、重要な脇役の一人だったのだ。